♠狙われた女♠-13
固まる俺に、松本が肘でつついてくる。
「小野寺くんのことよ」
小声で囁く松本の声に、ハッと我に返る俺。
そうだった、小野寺くんは天慈って珍しい名前だったんだ。
そんな彼を名前呼びするこの男。一体どんな間柄なんだろう。
「お客様、小野寺でしたら間も無く退勤すると思います」
俺が考えている間に、松本がにこやかに男に話しかけると、奴はグリンとその視線を俺から松本に向けた。
その男は、松本を見て一瞬だけ瞳を大きく見開いたような気がした。
だけど何か言いたそうに口を開いて出た言葉は、
「そうですか。それではあちらの席で待たせてもらいます」
とだけ。
そしてその男はソーサーを大きな手で持って、移動しようとした。
が、その去り際で、何か意を決したように振り返って、男は松本の顔を見る。
「……君が、松本さん?」
途端に俺の身体がビクッと跳ね上がった。
ナンダ、コイツ!?
スウィングの制服は、グレーと白のストライプシャツと黒いパンツに黒いエプロンといういでたちだ。
そんな変哲のないユニフォームに店員を区別するのは胸に位置するネームプレート。
恐らく男は松本のネームプレートを見たからそう言っただけなのだろうが、わざわざ松本に声をかけるってことが胸をざわつかせた。
「ええ、そうですが?」
松本は、そのレベルの高い容姿ゆえに、客からナンパされることはしょっちゅうなのだが、この時ばかりは俺の中の警報が頭の中で鳴り出した。
客からのナンパなんて松本が相手にしないのはわかっているけど、こいつがイケメンに弱いってのもわかっている。
小野寺くんとはタイプが違うが、この男もかなりのいい男。
内心気が気じゃない俺は、固唾を飲んで二人のやり取りを眺めるしかできなかった。