♠性悪女♠-10
結局、彼女にそれ以上強く言うことはどうしてもできなくて、それっきり俺達は黙り込んでしまった。
言っちゃいけないことだったのかな。
こっそり松本の顔を伺えば、ボンヤリと窓の外を見つめる寂しげな横顔。
ほら、その顔。やっぱり俺の錯覚なんかじゃない。
さっきは慌ててカン違いとか錯覚とか言ってたけど、一目惚れしてから半年間、松本だけを見ていた俺の目は節穴ではないと、確信を持っていた。
本人は意識してなかったみたいだけど、彼女はたまにすごく寂しそうな顔をすることがあった。
その視線の先には、いつも楽しそうに笑うお客さんの姿だったような。
初々しいカップル、アツアツの夫婦、そして微笑ましい家族連れ。
松本が寂しそうな顔をしている時は決まって、そんな楽しそうな時を過ごす人間達を目にした時だった。
てっきり俺は彼氏がいない松本が(それは古川さんにリサーチ済みだ)寂しくてそんな顔をしてると思っていたが、他に告白する男がたくさんいるのなら、理由は別にあるかもしれない。
友達が多くて、可愛いし、家も金持ち(これも古川さん情報だ)なんて、恵まれ過ぎの松本が寂しそうな顔をする理由、一体なんだろう。
知りたいけれど、簡単に踏み込んじゃいけないような気がして、俺もまた黙って、流れる景色をぼんやり見つめるしかできなかった。
タタン……タタン……。
規則正しく走る音が、少しずつ感覚が空いてくる。
流れる景色も少しずつゆっくりになっていく。
そして、減速していた電車はプシューッと息を吐くような音を立てて、その扉を開けた。