緊縛緊迫禁忌禁断-2
「じゃ、後でね。」
男はゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。俺はぐったりしているルナさんをソファーに寝かせた。
「あり…が‥とう。」
「大丈夫?」
「うん…。」
「大丈夫に見えないけど。だったら訊くな、ってか?」
「…。」
「やっぱキツいんですね。」
「違う…わ。面白く…ない…だけ。」
大丈夫そうだ。
「俺、入ろうか?そしたら…」
「ダメ、二人とも…動けなく…なる。」
「え、でもアイツ動いてましたよ?」
「あの人は特別なの…。オリジナル7…の一人だから。」
「何ですかそのアイドルグループの選挙みたいなのは。」
「君や私は…憑依因子を持った親から受け継いで能力を得た。でも彼は違う。突然変異で生まれた…野生の、まさに原初の憑依者。」
ルナさんが体を起こした。
「あー、だいぶ戻ってきたわ。でも、まだふらつくから、隣に座って支えてくれない?」
「いいですよ。ご指名ありがとうございます。」
「指名なんかしてないわ。他に居ないんだもの。」
「調子、出てきましたね。」
「うん、ありがとう。」
「今の話でちょっと疑問に思ったんですけど、突然変異にしては七人もいるなんて多過ぎません?」
「そうね、同時代に誕生したのならね。」
「年齢差大きいんですか?」
「大きいわ。社長によると、最大三万七千年ほどの開きがある。」
「なんだ、じゃあ、今も生きてるのはもっと少ないんですね。」
「違うわ。全員生きてる。」
「ええ!そんな長生きなんですか?」
「そう。だけど一つの個体が生物的限界を超えて生き続けることは出来ない。でも、憑依すれば…」
「憑依したって、自分も宿主もいずれ死ぬでしょ?」
「ねえ、このまえ、相互憑依したの覚えてる?」
「もちろん、それで逃がしてもらいましたよね。」
「もし、私と君が相互憑依した状態で私が死んだら?」
「俺はルナさんの体で生き続ける?」
「正解。」
「あ、でも、それじゃあ両方が憑依者じゃないと。」
「普通はね。そこがオリジナル7の特別な能力の一つなの。憑依力の無い人物と強制相互憑依して殺す。」
「殺す?やなんで殺すの?放っとけばいいじゃないですか。」
「君の体が急に戻ってきたのは何故だとおもう?」
「ルナさんが戻そうと思ったから…」
「違うの。社長が私の憑依力を奪ったからよ。その結果、私たちの相互憑依を維持できなくなって、体がそれぞれ元の持ち主に帰った。」
「っということは、オリジナル7が新たな体を得ても、前の体が戻って来ちゃうかも知れない?」
「そう。元々は憑依力の無かった体でも、長年にわたって憑依され続けると、共鳴現象が起こって僅かだけど力が残留するの。それが消えていくとき、私たちみたいに相互憑依が解かれてしまう可能性がある。」
「だから、その前に殺すのか!自分勝手だな。しかも長い間体を奪っていた相手を。」
「そう、その通りよ。」
「ちょっとまって下さい。おかしくないですか。」
「憑依で得た体で作った子供になぜ憑依因子が受け継がれるか、でしょ。」
「ええ、その通りです。遺伝子は憑依されてもそのままですよね?
「そう、遺伝子は、ね。」
「それじゃあどうして…」
「遺伝子なんてね、生物を構成するプログラムのほんの一部に過ぎないの。オリジナルナ7の一人が研究に研究を重ねてある程度までは解明に成功した事らしいんだけどね、物理的な体を構成する上でのデータの端切れでしか無いらしいわ、遺伝子は。」
「そうなんだ…。遺伝子さえ解明すれば進化の先にある次元にたどり着けると思っていたけど、そんな甘いものじゃないんだ。」
「ええ。」
ルナさんは辛そうだ。酷く疲労しているところにヘビーな話をさせてしまったからだろう。
「ごめんなさい、回復してないのにあれこれ訊いてしまって。少し眠って下さいよ。どうせ出れなくしてあるんでしょ?この部屋。」
「うん、ありがとう。お膝、借りていい?」
俺は黙ってルナさんの肩を引き寄せ、頭を膝に乗せたてあげた。
「そっち、向いてもいい?」
「いいよ。」
ルナさんが俺の方へ寝返りをした。その背中に腕を回して抱きしめ、髪を撫でた。
「そんな所に顔を向けてると、臭うかも知れませんよ。」
「ガマンする…。」
すぐに寝息をたてはじめた。そんなルナさんを可愛いと思った。出会ったばかりで何者なのかすらはっきり分かっていないというのに、俺にとってはもう、かけがえのない人になっていた。