緊縛緊迫禁忌禁断-1
「おはよう。」
「…あ、ルナさん？」
俺が寝かされているソファーと、小さなテーブルを挟んで向かい合う形で、いつもの赤いワンピース姿のルナさんが座っている。高く組んだ白い足は妙に艶めかしい。
「…誰だ、ルナさんに入っているのは。」
「ほう、もう気付いたか。さすがだね。皆はオレを社長って呼ぶよ。一応ここの一番エライ人だから。」
「ルナさんに何をした。」
「憑依力を吸い取っただけだよ。キミをここに連れてくるためにね。」
「そんなことをしなくても捕まえに来ればいいだろ、居場所は分かってるんだから。」
「え？もしかしてキミ、ずっとあの部屋に居たの？もちろんあそこには監視を付けてたけど…全然報告無かったから、別の所だと思ってたんだよ。おかしいなあ…。まあいいや。でね、しょうがないから黒ちゃん、あ、ルナのことね。通称、黒のアルテミスだから。黒ちゃんの憑依力を減らして君たちの相互憑依を解いて追跡したんだ。」
「よく分からないけど、要するに俺に用があるんだな。」
「その通り。君は貴重な存在なんだよ、大きな戦力になる。」
戦力？おそらく俺の憑依能力のことを言っているんだろうが、一体何をさせるつもりなんだ、コイツは。
「時々あるだろ、なんでそんなことやっちゃったの？みたいなニュースが。それは一般市民に限らない。何らかの組織の幹部だったり、場合によっては国家元首クラスが、あり得ないようなバカげた事をする。」
そういうのはいくつも思い当たる。
「おい！まさかそれって…。」
「そういうこと。憑依して直接操るもよし、記憶を改変して放置するもよし。」
「なんでそんなことを。」
「さあね。」
「さあね、って…。理由もなしにやってるわけないだろ。そのせいで大変なことになってる人たちがいるんだぞ。」
「知らないよ、依頼主の考えている事なんか。ビジネスでやってるだけで。」
「そんなビジネスがあるか！」
「あるんだよ。成功者と呼ばれてるヤツらは例外なく他者を犠牲にしてのし上がっている。生存競争と言えば分かりやすいかな？勝者の影に敗者あり、だよ。」
「それは公平で合法的な競争原理に基づいた経済活動じゃないか。」
「公平で合法的。シェアを奪い合って値下げ合戦を繰り返した挙句、コストダウンと称してクビを切り、残った従業員に非道い待遇で過酷な労働を強いる。経営者たちはそうやってゲームを続けるのさ。もちろん、勝ち続ける為には他人には無い何らかの能力を必要とする。それがオレの場合は憑依力なんだよ。」
「違う…そんなのは違う。」
違うに決まってる。そんな理屈は通らない。
だけど、否定することも出来ない。確かに世の中は勝者と敗者で出来ている。負けないためには勝つしかないのだ。そして勝つという行為は負ける者を生み出す。
ルナさんに教わった憑依の能力が、敗者を踏み台にする勝者の為のものだなんて。
「別の角度から説明しよう。同じだけの努力をした者は同じだけの成果、結果を得るだろうか。例えばプロ野球選手になりたい野球少年はいっぱい居るよね？そしてそれを実現すべく努力を重ねる。でも、本当にプロになれるのはほんの少数に過ぎない。同じだけ、あるいはそれ以上に頑張っても、元々の素質がなければプロにはなれない。努力は必ず報われる？諦めなければ夢は叶う？そんなのは、たまたま能力と運を持ち合わせたヤツが垂れ流すまやかしだよ。いくら頑張ったって、ダメなものはダメなのさ。だけど君には憑依の素質がある。あるどころか、飛び抜けて強力だ。何故なら…。」
社長はいったん言葉を切った。
「何故なら何だよ。」
「…とにかくだな、君は貴重な存在であり、とんでもない戦力になる可能性を持っている。望んだからといって手に入るものではない。その力を使って、オレと共に勝者になろうじゃないか！」
断る！っと言えないモヤモヤが胸のうちにある。コイツの言っていることの全てが間違いだとは思えないのだ。
「ま、慌てなくていいよ。黒ちゃんとも相談してみるといい。ルナはキミのお姉さんだからな。」
「！」
そんな風に感じたことも確かにあった。いつも見守ってくれた。でも…まさか…。
「…ウソだろ？」
「うん、ウソだよ。」
「おい！」
♪ピロリロリーピロリロリー
「おっと、仕事が入ったようだ。」
ポケットから取り出したスマホを空中に放り投げると、スーツ姿の若い男が出現し、それを空中で掴んだ。ルナさんの体が急に力が抜けたようにソファーに崩れ落ちた。