君の指は俺の指-2
警察を呼ばれるんじゃないか、と気が気でなかったが、そういう事態にはならなかった。許してくれたのか?あんなところを見られたのに?
自分の意志ではないとはいえ、若い女の子の部屋に侵入し、自慰の一部始終をのぞき見した。しかも、あんなに激しいのを。
いや、あれを見られちゃったからこそ通報できないのかもしれない。それとも正式に刑事告訴の準備を…。 何をする気にもなれない。訴えられる恐怖はもちろんだが、強烈な快楽の残滓が未だカラダを巡っているのだから。
ちゃんと謝りに行った方がいいのかなあ。でも、なんと説明したものか。
なんかぁ、合体しちゃってぇ、一緒にオナってぇ、終わったからぁ、出た所を見られたっすぅ、なんて頭のおかしいフリをして逃げ切るか。…無理だ。そもそも、俺自身、なにが起こったのかさっぱり分からないのだから。
少し整理してみよう。
廊下ですれ違った二人は髪と首筋で接触した。そのとき、理由は分からないが、俺は体の感覚と感情を彼女と共有した。そして…省略。で、いきなり元に戻っちゃったところを見られた、っと。
それ以上の説明は不可能だ。
俺は決意した。やっぱりきちんと謝ろう。若い女の子の部屋に入り込んであんなに恥ずかしい姿を見てしまったのは事実なんだから。それが俺の意思によるものではなかったとしても。
シャワーを浴び髭を剃り髪を整えて、なるべくチャラく見えなそうな服を選んで玄関に立った。よし!っと気合いを入れてドアを開けると、彼女が目の前に立っていた。
「あああ、ああ、あの…。」
とっさに言葉が出ない。すると彼女がにっこり笑って話しかけてきた。
「ちょうどよかった。お話があるんですけど、この後お時間いただけませんか?」
来た。やっぱり来た。まあ、何事もないわけないよなあ。覚悟を決めた。
「僕もお話ししなければならないことがあります。どこへ行きましょうか。」
「もしよかったら…私の部屋へ来ていただけないでしょうか。その方がお話しやすいような気がするんです。」
なんと大胆な。また同じ場所で二人きりになろうなんて。あるいは既におまわり屋さんがスタンバイ済みで現場検証だったり?あるいはもう一回…ないない。いずれにせよ、行くしかないだろう。
「ええ、お伺いします。」
彼女の部屋にはあっという間に着いた。だって隣だから。導かれるままに入った。他には誰もいない。少しほっとした。壁際にはあの鏡がある。ついさっきのことがフラッシュバックして、ちょっとムラっときてしまった。
シンプルだがその分ムダな主張もない絨毯の上に向かい合わせに座った。二人の間にある小さくて低いテーブルには、彼女が淹れてくれた珈琲が乗っている。むやみに女子っぽくなく、センスのいいカップだ。漂ってくる香りで安物のインスタントでないことがすぐに分かった。緊張で喉が乾いていた俺は一口いただいた。熱すぎず冷たすぎない。つまり飲み頃だ。俺は彼女に好感を持った。いや、外見への好感はとっくに持っていたけど。二人きりで一緒に居れたらいいのに、という願いもかなった。俺の貧弱な妄想では到底思いつきもしなかった状況で、だけど。
素敵な珈琲のおかげだろう、幾分気分が落ち着いた俺は身を正し、女の子の方を向いた。
さあ、話さなければ、と思ったその時。
「あの…。」
彼女の方から口を開いた。
「私、さっきここでオナニーをしました。」
うわぁ、言うんだ、それ。清純なこの娘の口からそんなことを言われると、叫びたくなってしまう。全部見てたけど。
「自分からこんな事を言うなんて、はしたないと思いますよね。」
「いやいやいや、大丈夫ですよ、僕もしますから。」
何言ってるんだ、俺。
「ふふ、正直な人なんですね。」
あなたほどではありませんが。
「その時、見られてる気がしたんですよ。」
気がするも何も、後ろに俺がいるの、見たじゃないか。遠回しに責めてくる作戦か?いや、そんなことをする娘には見えない。ならば、正直に認めよう。
「ええ、見てました。最初から最後まで。」
「やっぱり!やっぱりそうなんですね!」
あれ?なんか喜んでない?
「私、しょっちゅう自分でするんですけど、さっきのは特別でした。よく分からないけど、あなたに見られながらしている気がして。一つになって一緒に指を動かしているようで…凄く感じました。…もう分かっちゃいましたよね。私、この部屋に越してきてすぐにあなたのことが…その…気になってしまって。でも、鏡を立てかけた壁一枚向こうがどれだけ遠くに感じたことか。それが、やっと。」
涙ぐんでいる。俺って、そんなにイケてるの?
「だから…また私の中に入ってもらえませんか?」
中に入るぅ?俺は彼女の隣にサッと移動し、肩を抱き寄せ、こちらを向かせて…。
「じゃあさ、今度は二つのカラダで一つになろうよ。さあ、おいで。」
どん!っと突き飛ばされた。
「え?なんで?」
「それはイヤ。」
「一つになれて嬉しいんでしょ?」
「私はスピリチュアルに一つになりたいんです。初めて会った時から、あなたにその素質を感じました。だから気になって気になって。いつか私の所へ来てくれないだろうと待ちこがれていたら、やっと…。すれ違いざまに入ってくれましたよね、私に。嬉しくて嬉しくて!すぐにでも一緒にオナニーしたかった。でも走って部屋に向かうのはなんだか恥ずかしくて。頑張ったんですよ、なるべくゆっくり歩くように。そして…ああ、幸せ!なのに、終わったとたんに私から出ちゃったでしょう?だから、なんでそんな所にいるんですか!っと叫んじゃいました。でも、オトコってそういうもんですよね。うふふ。」
うふふ、じゃないよ。なんで私から出ちゃったの?って意味で叫んだのか。痴漢!だと思った。