第8話『牝豚失神』-2
「ブッ、ブヒッ、フゴッ、フゴッ!」
速度こそ最初より若干遅いものの、止まることなく走り続ける【A4番】。 普段のお嬢様然とした佇まいを知っているだけに、ランニング豚とのギャップは面白い。 ピンク色に染められ、無目的に床を駆けずり回り、豚の鼻声を所かまわずまき散らす存在は醜態そのもの、ブザマといわずして何といおう。
「おバカさんねぇ……見苦しいったらありゃしない。 ふふっ」
醜態とは、理性の外に身を置くことだ。 【A4番】は、自分の意志=理性でもって、今現在自身を理性の外に追い込んでいる。
「ブッ……ヒッ……ブギ……ヒッ……」
やがて足元を走る豚の泣き声が途切れがちになり、少女の顔には青みがさしてきた。 チアノーゼの初期症状だ。 激しい運動に対して酸素が充分に供給できず、つまり酸欠になっている。 それでも、
「ブヒッ……ゴッ……フグッ……!」
少女は止まろうとしない。 既に床に擦れて一際赤くなった肘と膝をもがきながら、でっぷり太ったお腹と豊満なお尻をふりたてる。
ダッダッダッダ……ドタッ。
それは唐突に訪れた。 【A4番】が突然受け身も取らずに仰向けにひっくり返ると、そのまま動けなくなったのだ。 いや、正確にいえば『動けなく』なったのでなく、『動かなく』なったというべきか。 縮こまらせていた手足がダラリと伸び、弛緩した肢体がだらしなく転がる。 時折ボテ腹がキュルキュル鳴ったり、指先、爪先その他が痙攣している以外、ピクともしない。
「えーと……これって……?」
しばらく見下ろすも、動く気配がない。 9号は【A4番】の傍にしゃがんで半白目を覗き込むも、反応がない。 少女は完全に失神していた。
「あらぁ……一生懸命走りすぎて、気絶しちゃったのね」
キュポ……ポシュッ。
お尻から無機質な破裂音。 それまで締めていた括約筋が緩んだんだろう、元々栓というには口径が小さいアナルプラグが肛門から外れる。 途端に、
ブビビビッ……ブボッ、ブッ、ブフォッ……プウゥゥゥ。
聞くに堪えない濁音だ。 ぽっかり広がった肛門を介し、勢いよく腸内に溜まったガスを噴く。 てっきり『浣腸』をしていると思っていたら、どうやら『空気浣腸』のみだったらしく、『実』はご無沙汰だ。
プッ、プリッ、プッ……プスプスッ、ブスゥ……。
「あらあら、まぁ……下品だこと。 うふっ」
汚音とともに小さくなるお腹。 仰向けになってしどけなく下半身を露出し、緊張感と張りを失った股の間から、下品としか形容できない放屁が続く。 意識を保ってオナラをこくのもブザマではあるが、気絶してオナラを垂れ流さざるをえない状況に堕ちる姿もまた、同じくらいにみっともない。 豚の恰好で気絶するまで走り回った挙句の放屁というのも、ただオナラするより余興がある。
プスッ……プスッ……
「ふふっ……なるほど、こういう趣向でくるのね。 いい感じにブザマじゃないの、ふふっ」
断末魔よろしく漏れ続ける放屁は、9号の嗜虐心からするとやや物足らないが、そこは事前に十分鞭を振るったことで帳消しできる。 豚、鞭、失神、そして自堕落に漏らす空気浣腸。 構成を含め、M奴隷の振舞として、不合格をつける要素は見当たらない。
「難点は……まあ、ちょっと時間が短いかしら。 もう少し楽しみたかったから……そうねぇ、もう2、3回してもらいましょうか……」
気を失った【A4番】の傍らで9号はひとりごちた。 難癖は、つけようと思えばいくらだってつけられる。 例えば、肌の色合いだ。 せっかく豚に染めてあげたというのに、グルグル走り回ったせいで血流が良くなり過ぎ、ピンクというより真っ赤になってしまった。 これではせっかくの豚色が台無しだ。 氷で肌を冷やして、再度気絶するまで走って貰おう。 ついでに空気浣腸を増やし、肛門にも豚の鼻の絵を描いて、肛門からもオナラで豚の泣き声を再現してもらうのもいい。 もしくはアナルプラグを抜いて、走りながらの放屁させ、豚の声を上と下の口で合唱させるのも面白そうだ。 どちらにしても、せっかく【A4番】がM奴隷として頑張っているんだから、これだけで終わらせては勿体ない。 誰でもM奴隷を延々演じられるわけじゃないが、【A4番】であればこちらの意図を汲み取れるだろうし、最低でもあと1時間は手を変え品を変え楽しませてくれるはずだ。
「……そうと決まれば早いとこ起こしてあげましょう」
寮監室の冷蔵庫には常時氷がストックしてある。 古来失神を回復させるには、冷や水をかけるのが相場だ。
「……♪」
鼻歌を歌いながら次の調教に備える9号教官の足許では、
プスッ……。
最後のガスを放屁した【A4番】が、豚のような顔で――いや、豚そのものの顔で横たわっていた。