快楽堂治療院3-1
“本日休院”
洒落た木製の看板の隣に、休院案内をぶら下げて、神崎は大きく伸びをする。
本日、治療院は臨時休業。
院内の清掃と医療器具の点検、整理整頓が主な理由だ。
開院以来、口コミも広がって、お陰様で治療院も盛況だ。
神崎も毎日多忙で、ありがたいことである。
しかし、如何せん神崎一人で何もかも切り盛りしている現状で、毎日の清掃、点検にも限界がある。
かといって医療行為である以上、何か事故でも起こってからでは遅いので、今日は思い切って臨時休業にし、徹底的に点検と清掃、そして整理整頓に一日費やそうと言うわけだった。
『急募:看護婦募集、詳細面談』
表通りからよく見える位置に張り紙をする。
さすがに一人で切り盛りするにも限界を感じ、同時に一人位なら人を雇える余裕も出てきた為、求人募集もする事にした。
「誰か手伝ってくれたら助かるなぁ〜」
神崎は、張り紙を見ながらそう呟いた。
「ワンワンワン!」
マックが、物欲しげな目を向けながら、ビュンビュンと千切れそうな勢いで尻尾を振る。
「悪いなぁ〜マック、今日はお前と遊んでる暇は無さそうだぞ…」
玄関から受付辺りをモップで拭きながら神崎が答えた。
「クゥ〜ン…」
尻尾をだらしなく下げマックは外へ出てゆく。
たまにチラチラと神崎を振り返るその目は、恨めしげだ。
院内の清掃が終わったら、次は器具の点検。
この治療院で使用される様々な器具は、特別注文で、神崎の父親が作っている。
根っからの職人である彼は、一切の妥協を許さず、徹底的な安全管理と機能の追求をしている為、めったな事では故障したりしないのだが、ここのところの盛況ぶりに、少し過剰に使用し過ぎたかな?と神崎自身も思っていた。
温感療法に使用するものなど、内部のサーモスタッドに異常が出たりしたら、事故に繋がりかねない。
定期的に点検が必要だ。
治療室の棚に置かれた様々な器具を、電源が必要無いものから順に調べていった。
「これは異常無し…」
「こっちは部品を取り替えるかな?」
ブツブツと独り言を呟きながら手を進める。
「ワンワンワンワン!!」
作業を進める神崎の耳に、驚喜にも似たマックの声が聞こえた。
「ん?どうしたんだ?マックの奴…」
首をかしげる神崎に、
「おーいっ!居るかぁ?」
野太い声が聞こえた。
「おー、マック。元気か?」
「ワンワンワンワン!」
「クゥーン、クゥーン」
「よしよしよし」
声の主とマックが戯れる気配…。
「…まさか…」
神崎の顔に当惑の色が浮かんだ。
「…やっぱり…」
庭に出た神崎が呟く。
「おー!居たか。何だ今日は休みか?」
「お、親父…」
そこに居たのは神崎の父親。神崎徳太郎だった。
「何だよ?何しに来たんだ?親父」
「なんだ?ご挨拶だな。来ちゃいけなかったのかよ」
「いや…そうは言わないけど…」
口ではそう言いながらも、内心『弱ったな…』そう思う神崎だった。
父親の徳太郎は、職人としては非常に腕も良く、神崎が希望する通りの器具を作ってくれる。
時には神崎の思い以上にアイデアを出し、改良型の器具も作ってくれて、その点では神崎も満足していた。
職人として尊敬にも値する。
だがしかし、元来の生真面目さと作品への飽くなき追求心が災いして、時として大いにトラブルメーカーとなるのだ。
徳太郎のイタい点は、そこらへんを本人が全く認識していないところにあった。
神崎の記憶にある限り、社会性の無い徳太郎に、いつも祖父が後ろを付いて謝って歩いていた。
せっかくの良い腕を持ちながら、日の目を見ず、未だ貧乏職人に甘んじている徳太郎なのだ。
「今日は休みにしたのか?」
「ああ、今日は一日掃除と点検だよ」
「人を雇えよ」
「簡単に言ってくれるなよ…」
神崎は溜め息を吐く。
「ところで親父、何の用だ?」
「あ、そうそう!新作が出来たぞ!」
嬉しそうに脇に抱えた鞄を叩く徳太郎。
「俺、何も頼んでないぞ…」
途端に神崎の顔が曇る。
「クゥーン…」
上目遣いに二人を見上げていたマックが、まるで溜め息のような鳴き声をあげた。