別宅-2
「ビールでいいかしら?」
片付けを終えながら次を促してあげていた。
「じゃぁビールをお願いします。美奈子さんも飲みましょうよ!」
「おっけぃ。ちょっとまっててね」
冷蔵庫から作り置きしていたホタルイカの煮付けと千切りの山芋を取り出してテーブルに載せ、わたしも缶チューハイを持って隣に座った所だった。
「ちょっと、すごいですよ。何ですかこれは?」
「手作りよ。美味しんだからね」
「本当だ。すんごいおいしぃ。」
「美味しいでしょ!わたしも頂こうかしら」
缶チューハイをグラスに注いで乾杯しましょうと微笑んであげていた。
「ちょっと、美奈子さん。僕、こんなことされたの初めてです。ちょっと嬉しくて困ります」
「やだ、涙ぐんでるの?ちょっと何?やめてよー。乾杯しましょ!ねぇかんぱーい!」
「はい。はい。乾杯です。頂きます」
わたしは幸せだった。隣に座るあの人は目元を潤わせながらビールに向き合って何かを確かめるように頷いているようだった。
「あー美味しい!ねぇ、いーっぱい飲んじゃおっか。沢山買ってあるのよ」
はしゃぐように笑いかけてあげていた。
わたしは今日に向けて全ての準備は終えていた。あの人が来る前に全身を点検するように長く湯船に浸かって潤いを磨いて、大人の香りのボディークリームを時間を掛けて染み込ませて、不自然でない程度の毛揃いも完璧に済ませて向かえていた。
服装は大人の身だしなみとしてストッキングを履いて膝丈のフレアカットスカートに白いトップスで合わせ、いつ脱がされてもいいように新品の下着を身につけて、メイクアップは慎重に細部まで派手でない大人のメイクを完璧な状態で決めていた。
あの人との最初の時くらいはいい女で思い出して貰いたい気持ちが全てだった。
「あー美味しい。なんか変な感じね」
「そ、そうですね。僕は嬉しいです。まだ実感がないです」
「やだ。わたしたち付き合ってるのよ!」
悪戯に肩をぶつけてグラスを飲み干し、少しおどけるように今の幸せに満足していた。
「美奈子さん、良かったら僕注ぎましょうか」
「あら。気がきくわね。頂こうかしら」
「乾杯しましょう。今日は大丈夫です。美奈子さんが酔っても僕が酔いが醒めるまで介抱しますから心配しなくて大丈夫です」
とんちんかんなあの人の回答にわたしは声を出して笑ってしまっていた。
「ちょっとー、それじゃぁわたしが酒飲みみたいじゃない」
「いや、決してそういう訳でわなくて」
「まぁいいわ。乾杯しましょう。かんぱーい」
本当に幸せだった。離婚してから独りで梅酒か缶サワーを飲んでテレビをみる日常を送っていたわたしにとって、かけがえのない時間を過ごしている今に十分な幸せを実感していた。
「次、何のまれますか?僕取ってきますよ」
「そうね。ワインが冷蔵庫の下にあるの。良かったら一緒に飲まない?」
「わかりました!グラスはえぇとどこでしたっけ?」
冷蔵庫の前で子供のように戸惑うあの人を眺め胸がキュンと響いてしまっていた。わたしは恋をしている。あの人に本当に恋をしている自分がいる。本当に幸せだった。今すぐにでも抱きついてわたしを包み込んで欲しい欲求を抑えることで精一杯だった。
「グラスはね、ここの棚にあるのよ」
あの人の隣で背伸びしてワイングラスを取り出してあげていた。
「はい、どーぞ」
あの人にグラスを渡そうと振り向いた時、あの人はわたしを包みこむように抱きしめて、わたしのあごを持ち上げて優しいキスを始めてくれていた。
優しいキスが深い絡まりに変わり、わたしの声は吐息が漏れはじめ、あの人の片手はわたしの胸を確かめるように優しく胸元を持ち上げて、女の身体を欲しがる男の行動を止めることができないようだった。
わたしはもう何をされてもあの人の好きなようにさせてあげようと身体を預け、なされるままにさせてあげようと目を閉じて幸せな始まりの興奮に満足していた。