キュウカイノソウコ-1
日曜だというのに今日も出勤だ。それでも今日は2階でシステムの入れ替え作業があるとかで、普段の日曜よりは人気がある。
先程、7階の喫煙所に行ったら、2階の寺島係長と会った。ルカが癒し系と慕う係長だ。年齢は田中とさほど変わらないらしい。係長本人に聞いたわけではなく、あくまでルカからの情報だが。
「今日出てきてるメンツですか?ウチの本郷課長と、木下くんと、稲生(いのう)さん。あと煙草を吸わない男性2名です」
仕事上の接点はないが、すっかり喫煙所で顔馴染みになっている寺島係長に尋ねても、さほど不思議がられず、普通に答えてくれた。総務課長という肩書きのお陰かもしれない。課長はともかく、関わりのない部署の非喫煙社員の名前を言わないのは、こちらへの気遣いかもしれない。
「あれ。稲生さんも出勤なんだ。じゃあ、あとで差し入れ持っていくなら甘いもののほうがいいかな」
ールカめ。昨夜のラインのやり取りでは、今日の出勤について何も言っていなかったじゃないか。
内心のモヤモヤは包み隠して話をふる。
「稲生さん、甘いもの好きですから喜びますよ。彼女が出勤してくれたおかげで作業が捗ってます。ぶっちゃけ、今日出てる男どもよりちゃっちゃか動きますし、技術も知識もありますからね。労ってやってください。ついさっきまでここにいたんですけど。そろそろ1台立ち上がりそうだって先に戻りました」
ルカが甘いもの、中でもプリンが一番好きなことは承知しているが、システム系に強いとは初めて知った。そうか、タイミングが悪かったな。もう少し早く上がってくれば会えたのか。
「何だかイメージと結び付かないけど、稲生さん仕事出来るんだ。ウチに欲しいなんて言ったら所長に怒られちゃうか」
「確かに、雰囲気からは想像できないかもしれないですけど、彼女、ウチのベテランたちよりよっぽど仕事速いですよ。彼女は渡せません。ウチの癒し系マスコットですし、そんなことしたら所長だけじゃなくて2階の男性陣から恨まれますよ」
ルカのおっとりとした童顔を思い浮かべたのか、寺島係長の穏和な顔つきがさらに優しいものになり、最後は苦笑に変わった。
「2階の面々を敵に廻すのは怖いな。あとで挨拶に行きますよ」
「お待ちしてます。3階は今日の出勤、田中課長だけですか?」
「いや。部長も出てます。自分は今日は倉庫にカンヅメです。明日、処分文書の回収があるのに、誰も何一つ手をつけてないんですよ」
ため息混じりに言うと、寺島係長が同情混じりに頷く。
「それはそれは。男手が必要だったら、内線下さい。役に立つかわかりませんけど」
あくまでルカを貸し出すつもりはないらしい。その際はお願いしますと社交辞令を交わして、一緒に喫煙所を出た。昼飯の調達に行くと言って、自フロアに戻るという係長と下りのエレベーターに乗る。
2階の今日の昼飯は本郷課長が自腹で手配しているそうだ。ルカが冗談半分で寿司がいいと言ったおかげだと寺島係長は笑っていた。
2階でエレベーターの扉が開いた時、通路にいた小柄な女性の後ろ姿が一瞬見えた。いつもの制服姿でも、通勤時の格好でもなく、作業があるからかスポーティーな装いだ。肩より少し長い髪は、後ろで一つに束ねられていた。振り向いたルカはこちらに気づくことなく寺島係長と談笑しはじめ、扉は閉まった。
職場の目と鼻の先に、この県内で一番大きいらしいターミナル駅がある。駅の改札の中に、ルカがお気に入りだというプリンの店が入っていることは知っていたが、徒歩通勤の自分には定期がない。入場券を買うことも一瞬考えたが、ルカのためだけに買うわけではないし、結局駅ビルの地下に向かった。3階の派遣社員から、そこに美味しいケーキ屋があると聞いたことを思い出したのだ。
ルカより少し年上の彼女に教えてもらった店でプリンを6個調達する。プリン、と発音するだけで幸せそうな表情になるルカを思い浮かべたら、頬がだらしなく緩みそうだ。
すぐ拗ねるウチの部長と自分用に、隣にあった和菓子屋で豆大福を2つ買い、昼飯に握り寿司の詰め合わせを買った。部長は昼くらい外に出ないと息が詰まるタイプらしく、平日だろうが休日出勤だろうが会議で昼食が用意される時以外は外食派だから勝手に食べに行くだろう。
そのまま職場に戻り2階に立ち寄ると、普段は豪快に開け放たれているドアは閉まっていた。中を除きこんでも見える範囲に人気はない。インターフォンを押すと、奥の部屋から出てきたのはルカだった。ドアの前に立っているのが自分だと気づくと、大きなくりっとした目がさらに丸くなる。
「お疲れ様です」
なぜ、田中課長がここに?と問い質したそうな目のまま、余計なことは口にしない。
「お疲れ。さっき、寺島係長に2階で作業入ってるって聞いたから、陣中見舞い」
「えっ?ありがとうございます。今、課長呼んできま…」
「いいよ、いいよ。みんなで食べて」
ボックスの入った手提げ袋を渡しながら、あとで7階でと囁くと、こくんと小さく頷いた。
「すみません、ご馳走さまです」
ご丁寧にエレベーターホールまで見送りに出てきたルカが小さく手を降り、それに応えて自分のフロアに戻った。部長はやはり昼食を食べに出掛けたようだ。自席でメールチェックをしながら買ってきた寿司を平らげ、豆大福を食べてから7階へ向かおうとエレベーターに乗り込むと先客がいた。
「お疲れ様です。ご馳走さまでした」
職場でいつも持ち歩いている小さなトートバッグを手にしたルカは、乗り込んできたのが、田中だと気づいてすぐにお礼を言った。応えるかわりに、ドアが閉まったのを確認してから唇を奪う。
「んっ」
拒もうとしても拒めず、されるがままのルカの柔らかい唇を堪能しているうちに7階についた。