我が侭王女と生意気護衛-2
そうしてなんとか王女に仕えているうちに、彼女も年頃になって、隣国の第二王子との婚約を父王に決められた。
見目も性格もなかなか良く、将来は王配として立派に王女を支えられそうな男だ。
だが、王女は気に食わなかったらしい。
父王の決定には逆らえずに大人しく婚約したが、相手が誰でも結婚は嫌だと陰でエドガルドに八つ当たりしてきて、大変迷惑した。
リュネットの演じた劇の元になった、誘拐事件だってその一つだ。
あの時は、謀反を企んだ家臣が、王女を人質にしようと攫ったのだが、エドガルドが付いていれば最初からむざむざ誘拐などされずに済んだはず。
だが、王女は婚礼準備で不機嫌になり、エドガルドが傍にいると不愉快だと罵って、他の護衛を連れて外出し攫われてしまった。
それなのに、王女の護衛を怠ったとエドガルドは四方から言われなき叱責を受け、酷く苦労して彼女を一人で助けた。
王女の婚約者はその時に隣国にいて無関係だったが、エドガルドが王女を助けられたのは、王子が陰で大活躍したおかげだと告げられ、世間にもそう公表された。
憤る気もせず、エドガルドはむしろ積極的にそれを支持した。
頼むから婚約者に惚れて大人しく結婚してくれ。見た目も上等で穏やかで有能で辛抱強い男なのに、何が不満なんだ。
死ぬまで外れぬ忌々しい首輪に触れ、溜息をつきながらそう思ったものだ。
城から逃げ出すだけなら、赤子の手を捻るより簡単なのにと悔しかった。
服従の首輪がある限り、地の果てまで逃げても無駄だ。エドガルドが脱走すれば、王女が躊躇おうとも誰かしらが腕輪をつけ、それこそ本当に死ぬまで苦しめらえるだろう。
それならここで囚われ、死んだように生きていたって同じだと、諦め気分だった。
だが――マリアンヌ王女が成人を迎え、結婚式を挙げる前の晩。
王女が人目を忍んでエドガルドの部屋を訪れ、唐突に自分の手の平を見せた。
白い手の平は、刃物で切ったらしい傷から流れる血で、真っ赤になっていた。
驚き、何か公に言えない理由で怪我をした王女が、治療を命じに来たのかと思った。
だが、王女は治療などいらないと言い、赤く濡れた手でエドガルドの首輪に触れ『外れろ』と呟いた。
その瞬間、決して外れなかった首輪が、いとも簡単に外れて足元に落ちたのだ。
驚愕するエドガルドの前で、王女はフンと鼻を鳴らして、苛立たし気に床の首輪を睨んだ。そして自分の華奢な手首から腕輪をむしりとり、首輪へ重ねるように投げ捨てた。
『以前に、あのいけすかない男が教えてくれたのよ。対の腕輪を身につけている者が、自分で流した血を首輪につけて外れろと念じれば、服従の首輪は解除できるとね。疑わしいと思ったけど、本当に外れたから嘘ではなかったようね』
彼女の言ういけすかない男とは、王女の婚約者の兄である。隣国レンシアの元第一王子で、王の引退により最近即位したばかりの若き国王だ。
優れた統治者で民の支持も厚いが、王女は胡散臭い腹黒だと評価し、エドガルドも優しいだけの男ではないと思っていた。
あの男なら、服従の首輪の解除法を調べられたと言われても、何となく納得できてしまうから不思議だ。
しかし、なぜ王女が突然に首輪を外したのか解らない。
真意が掴めずに困惑していると、王女はせせら笑うように言った。
『自由にしてあげたわよ。お前を散々にこき使ったわたくしを、今ならあっさり殺せるのではない? ほら、やりなさいよ』
『……服従の首輪が外れた以上、俺があんたに従う理由は無い』
エドガルドは常にしていた丁寧な口調を辞め、彼女を睨んだ。
王女は結婚より死んだ方がマシだと自棄を起こし、エドガルドを自由にして焚きつけたのだと感じたからだ。
どこまで俺を自分勝手に使う気だと、非常に腹立たしかった。
『なぜこんな事をしたのか、俺は興味ももたないが、とにかく自由になったから出ていく。これでさよならだ』
あえて気づかないふりをして冷たく鼻で笑うと、王女が歯噛みして怒鳴った。
『ちょっと! わたくしは、お前を解放してあげたのよ!? 理由くらい聞きなさいよ! この恩知らず!! エドガルドのバカバカバカバカ!!』
『幾らでも喚け。たとえ自分が対象でも、簡単に人殺しをしろなんていう我が侭は許容範囲外だ。もし死にたきゃ、勝手にどこかで身投げでもしろ』
『ほんっとうに、お前には最後まで腹が立つわ! 昔から、護衛のくせに生意気で、偉そうにわたくしへお説教ばかり! 大嫌い!』
王女は肩で息をし、小さかった頃のようにエドガルドの足を蹴っ飛ばした。
ひ弱な王女の蹴りなど痛くもなく、エドガルドも昔と同じく肩を竦めただけで済ませた。
『っ……首輪を外す方法が、本当かどうか試したくてやってあげたのよ。跪いて感謝すれば、これから先も雇ってあげようと思ったのに、恩知らずな護衛などクビよ! 退職金代わりにその腕輪と首輪を持って出ておいき! 二度とわたくしの前に姿を見せないで!』
傲然と偉そうに言い放った王女に、エドガルドはもう苦笑するしかなかった。
二つの輪を拾い、若干の嫌味も込めて丁重にお辞儀をする。
『マリアンヌ王女。私も貴女が大嫌いですが、これを外してくれた事だけは、やはり感謝いたします。ではお元気で……それから、婚約者殿は死ぬほど嫌うような男ではないと思いますよ。多分、貴女を大事にしてくれる』
黙って睨む王女へ別れを告げ、エドガルドはすぐに城を抜けだした。