王女様の好きな相手-1
「……リュネット、どうかしたのか?」
ショールを握って俯いたままのリュネットへ、エドガルドが心配そうな声をかけた。
「ううん。ちょっと……ここへ来た時の事を思い出したの。エドと会ってから、もう十年近くになるんだね」
顔をあげて答えると、エドガルドの表情が曇った。彼の視線が、リュネットの首にはまる服従の首輪に向く。
「あの時、ベラの提案が受け入れられれば良かったんだが……」
苦渋に満ちた様子の彼に、リュネットは焦って声をあげた。
「違うの! あれは、私を助ける為にやってくれたんだって、ちゃんと解ってる!」
まだ辛そうな顔をしているエドガルドへ、リュネットは焦って言い募る。
「だって、エドは仲間に嫌な顔をされても、私に優しくして、ここで上手く生きていけるようにしてくれるじゃない! 外に出られるように、魔道具や武器までくれたり……」
最初こそ、エドガルドは酷く恐ろしく見えたから、この部屋に連れてこられた時は生きた心地もしなかった。
だが、彼はリュネットを虐げるどころか、傷の手当てをして暖かな食事をとらせ、寝床まで作ってくれたのだ。
あんまり優しくされ過ぎてかえって不安になり、何か命令しないのかと聞いたら、元気になったら家事手伝いを頼むと言われて、更に驚いた。
満足して貰えるかヒヤヒヤしながら料理を作れば、エドガルドは美味しいと笑顔で褒めてくれ、安心するよりも嬉しくなった。
彼に首輪で苦しめられた事や、それを脅しに何かを強要された事など、一度もない。
エドガルドは街からリュネットに必要な品々を買ってきて、まだ不十分だった読み書きも教えてくれた。高価な魔道具の装備まで揃えてくれたおかげで、狭い部屋にひき篭って陰鬱に暮らさずに住んでいる。
他の豹人に、リュネットをいつまで生かしておくんだと文句を言われても、『こいつを引き取ると言ったが、殺すとは言っていない』と、どこ吹く風で相手にしない。
その一方で彼は、リュネットの身柄は自分に権利があるのだから、勝手に傷つけたら容赦はしないと牽制してくれた。
仲間内で浮いていようと、彼の腕っぷしは皆が認めているようで、リュネットを面白くないと思う者も、エドガルドが見ている時には決して近づかない。
毎日、エドガルドへの感謝と好意は積み重なっていく。
いつしかリュネットは彼を「エドガルドさん」から「エド」と呼ぶようになり、かけがえのない存在と思うようになっていた。
「俺がここで煙たがられているのは元からだ。今さら気にする事もないから好きなようにやっている」
エドガルドがやっと微かに笑い、リュネットの肩にそっと手を置いた。
「だが、リュネット。お前は自分の実力で、ここでの暮らしを上手くやってきたんだ」
「え……?」
「お前は豹人にひけをとらないほど身軽で、ナイフ投げの腕も一流だ。お前を良く思わない連中でさえ、賢い奴なら本心じゃそれを認めている。そうでなければ幾ら俺が庇っても、もっとしつこく絡んでくるだろう」
「そ、そうだと嬉しいけど」
褒められて嬉しいけど、少し照れくさくてリュネットは曖昧に笑う。
「ああ。何よりも、お前は賢く辛抱強い。どれほど嫌な事を言われようと、常に冷静で最善な対処をできる。だから、お前ならどこでも立派に……」
そこまで言いかけて、エドガルドは急に言葉を切ってしまった。
その様子に、やはり今日のエドガルドは様子が変だと思ったが、リュネットは何だか嫌な予感がして深く尋ねられなかった。
「エドってば。誕生日だからって、褒め過ぎだよ」
照れ笑いをして不穏な気分を誤魔化し、美しいショールを広げて話題を変える。
これを見ているうちに、まだ一座で暮らしていた頃の、とある思い出が頭に蘇ったのだ。