リュネットは忘れない-1
二杯目を半分ほど飲んだ頃、急にふわふわと良い気分になってきたかと思うと、やたらと顔や身体が熱くなり、目が潤んでくる。
しまいに頭がくらくらしてきて、熱い額に手をあてると、エドガルドが焦った声をあげた。
「リュネット!」
急いで彼はリュネットを抱えてソファーへ寝かせ、水を持ってきてくれた。
「飲め」
上体を支えられながら水を飲み干し、リュネットはクッションを枕にして横たわる。エドガルドは傍らで付き添ってくれ、額に乗せてくれた冷たい濡れタオルが気持ちいい。
「せっかくお祝いしてもらったのに……迷惑かけちゃって、ごめんなさい」
情けない気分で詫びると、宥めるように頭を撫でられた。
「気にするな。もう少し落ち着いたら寝台に運んでやるから、ゆっくり寝ろ」
「でも、何か大事な話があるって……」
大事と言っても夕食より後回しにされてしまう程度のようだったが、何だかあの時のエドガルドの様子は変に思え、気にかかっていた。
訊ねた途端、エドガルドが普段の冷静な彼らしくもなく、やけにそわそわと落ち着かない感じに視線を彷徨わせた。
「ああ……だが、重要な内容だからな。お前がこの調子では、今夜は止めておこう。明日の朝でも……」
歯切れの悪い口調は、なぜかリュネットの不調で仕方なく後にするというより、先延ばしにしたくてたまらないようにさえ聞こえる。
「エド……やっぱり、さっきから変だよ。話って、何か悪い事なの?」
奇妙な不安がせり上がり、リュネットは額のタオルをとって無理に上体を起こす。
しかし、エドガルドはきっぱりと首を横に振った。
「いや。絶対に悪い話ではないから、心配はするな」
「そ、そう……」
リュネットが安堵して頷くと、彼はソファーの傍らに置いてあった鞄から、上品な色合いの紙包みを取り出した。
「これも、今年の誕生日プレゼントだ。本当は、話の後で渡そうと思っていたが……」
「え?」
渡された包みはとても軽く、ドキドキしながらリュネットが開くと、中身は美しいレース製の白いショールだった。
極細の絹糸で編まれたショールは、柔らかく気品のある光沢を帯び、繊細な透かし模様もため息が出そうな程に見事な品だ。
「こんなに素敵なもの、本当に貰っていいの?」
リュネットが思わず尋ねると、エドガルドが可笑しそうに笑った。
「お前の誕生日プレゼントだと、言っただろう?」
「う、うん。あんまり綺麗だから、驚いちゃって……夢みたい……」
まじまじと、リュネットは美しいショールに見惚れる。
花模様をつなげた繊細なレースは、見れば見る程に心を引き付けられ、うっとりする。
ここではお洒落なんて出来ないけど、本当はこういう綺麗で女性らしいものが大好きだ。部屋の中で楽しめるし、手にもって眺めるだけでも、毎日幸せな気分になれるに違いない。
「ありがとう……大事にする」
礼を言いながら、ツンと鼻の奥が痛くなる。
(父さん、母さん……皆がいないのは寂しいけど……私はちゃんと幸せになってるよ)
生き延びて幸せになってくれという、両親の最期の叫び声は、今も記憶に刻み込まれている。
「……ソノしょーるハ、最高ダケド、えどガ祝ッテクレルノガ、りゅねっとハ、一番嬉シイい贈り物ナンダヨネ」
口が開いたままになっていた鞄から、甲高い声がした。
でも本当は、そう聞こえるようにしただけで、リュネットが腹話術でやったのだ。
「久しぶりに聞いたが、相変わらず上手いな」
鞄をチラリと見たエドガルドが、ふっと口元を緩めた。リュネットも微笑み、今度は棚の上にあるオルゴール人形に喋らせた。
「大事ナ家族カラ教ワッタ事ダモノ。りゅねっとハ忘レナイワ」
そうだ、忘れるはずがない。