6.過ち-4
ベッドの上で誠也が目を覚ました時、美穂は下着を身につけているところだった。
「ああ、眠っちまってた……」
誠也は身体を起こし、足下に脱ぎ捨ててあった自分の下着を手に取った。
「今、何時?」
「もうすぐ明日」美穂が言った。
「帰るの?」
「あたし今両親と暮らしてるから、あんまり遅くなるわけにはいかないし。あなただってそうでしょ? 奥さんが待ってるわけだし」
誠也は肩を落として小さくうなずいた。「そうだね」
「この時間ならまだ二次会が遅くまで盛り上がってた、って言い訳もできるし」
美穂はベッドの端に腰掛けた。「誠也君、」
下着を身につけ終わった誠也は美穂の横に並んで座った。
「スマホ、出して」
「え?」
「いいから」
誠也は美穂に言われるままに自分のバッグから白いスマホを取り出した。美穂の手にも自身のスマホが握られていた。
「やっぱりあたしたち、もう会っちゃいけないと思う」
美穂はこのホテルに入ってすぐ登録した誠也の番号をディスプレイに表示させた。
誠也は小さなため息をついた。「そうだね」
そして彼も同じように美穂の連絡先を選んだ。
「一緒に消して」美穂が言った。
二人のスマホから、お互いの連絡先が削除された。
◆
――その明くる日。
閉店間際に電話が鳴った。マユミは小走りにレジに駆け寄り、受話器を持ち上げた。
『あ、マユミ? あたし、美穂だけど』
「美穂、昨日はいろいろありがとう。一日朝から大変だったね。あれからどうしたの?」
『そのことで話があるんだ。今日、会ってくれる?』
「いいよ」
『何時頃だったら手が空く?』
「あと一時間ぐらいで片付くよ」
『じゃあ、そのくらいに行くね』
閉店後の『シンチョコ』の喫茶スペース。テーブルを挟んで美穂とマユミは向き合っていた。
はあっと大きなため息を遠慮なくついて、美穂は冷めかけたコーヒーの一口目をようやくすすった。
「そうだったの……」
マユミがひどく切なそうな目をその友人に向けた。
「あたし、最低だよね」美穂が言った。「自分の結婚式当日に他人の男と寝るなんて……」
「打ち明けてくれてありがとう。辛かったね、美穂」
マユミはテーブルの上に置かれていた美穂の手を両手で包み込んだ。
「もう、その誠也君とは会わないの?」
「だって、そうでしょ? また変な気になったらどうするのよ。そんなの教科書通りの不倫じゃない。それに彼には奥さんがいるんだよ? 最低最悪のダブル不倫。これ以上罪作りなことできるわけないじゃない」
美穂は自分に言い聞かせるようにそう言って、コーヒーをごくごくと喉に流し込んだ。
「変な気になる、って、またその誠也君に会ったら我慢できなくなっちゃうってこと?」
「たぶん……」
「好きなんだ……」
「好きなんだよ。でも英明さんも好きなんだよ」
「それで苦しんでるってわけね」
「苦しんでるけど悩んではいないの」
「え? どういうこと?」
「英明さんとこれから一緒に暮らしていくことは決心してる。あたし、彼を心から愛してるもん」
「そんなに簡単に割り切れるものなの?」
「二人とも好きだけど、そんな都合のいいこと世間が許さないから一人にするってことよ」
「大丈夫? なんか、ほんとにそれでいいのか悩むなあ……」
「マユミが悩んだってしょうがないじゃん。大丈夫。そのうちあの人のことは忘れるよ」
「でも、」マユミが一度言葉を切って美穂を上目遣いで見た。「英明さんと結婚したってことは、誠也君とは親戚関係になったわけでしょ? お正月とかお盆とか顔を合わせる機会が何度かあるよ? どうするの?」
美穂は小さく何度もうなずいた。
「それも話した。昨日。だからもしそういう場で会ったとしても、あたし彼のことは義理の甥としてしか見ないし彼もあたしを叔父さんの妻として接する。それだけだよ」
「そう簡単にいくの?」
「他に方法がある?」
「現実的にはそうするしかないんだろうけど……」
マユミはじっと美穂の目を見つめた。
「英明さんと誠也君、二人とも好きなままじゃだめなのかなあ……」
親友のマユミが『誠也』という名を口にする度に、胸の真ん中あたりがきゅうっと小さな音を立てた。美穂は唇を噛みしめ、うつむいたまま言った。
「あたしがそうしたくても、英明さんが納得してくれるわけないじゃない……」
美穂の身体は小刻みに震えていた。「一夜限りの過ちだったんだよ……」