第2話-1
「……耶香さん。……? 沙耶香さんってば」
呼びかけるヨウコの声に我に返る。
取り繕うように返す。
「あ、ああゴメン。なんだっけ?」
不審げな顔をするヨウコに意識の焦点を合わせるよう努める。
昼休みの屋上。
昼食を食べながらヨウコの話を聞かされていた。
しかしともすれば上の空になってしまい、何度か同じことを繰り返している。
「もう……。大丈夫すか? 今日ちょっとおかしいっすよ」
「……大丈夫だって。で、前田と諸橋の話だっけ?」
近頃、近郊を騒がせている不良たちの話をしていたのだ。
「そうっす。N高の前田とY工業の諸橋がいよいよやべー雰囲気みたいって話っすよ」
沙耶香たちの高校と同じ地域にはいくつか他にも高校がある。
その中でも前田と諸橋の突出した強さは有名であった。
地理的に離れていたので今までは事なきを得ていたが、衝突するのも時間の問題であることは以前からうわさになっていた。
ちなみに沙耶香たちのいる高校は特に荒れているわけでなくごく普通の学校であり、シンジたち不良グループも他の荒くれたところにいる者たちに比べたら弱小もいいところであった。
本当に筋金が入った不良たちからは相手にされるほどでもない、平和な学校でいきがっているだけの半端者だと思われており、当人たちも自覚があるため他校とのいざこざも無かった。
しかしそんな弱小校であっても地域のパワーバランスについては敏感にならざるを得ない。
今まで平和を享受できていたのも二強が互いにけん制し合っていたという背景もあったためだ。
自分たちの今後を左右しうるツートップの動向は沙耶香もたびたびシンジやヨウコたちから聞いており、気にはなっていた。
「……そー。アタシはあんまりそいつらのこと知らないんだけど。どんなやつらなん?」
「一言で言うと対照的っすね。前田は昔から人望があって、強さもさることながら人柄にほれ込んだやつがどんどん傘下に入って勢力広げたみたいっす。まぁそうは言っても普通じゃないのは事実で、キレたら手がつけられないって噂っすね。……対する諸橋は典型的な凶暴なやつっすね。残虐なリンチとか制裁の話は腐るほどあって、恐怖で支配を徹底してるらしいっす。まとまりの強さは半端ないっすよ」
「ふーん。どっちかっていったら前田……ってとこ?」
「あたしら的にはそーっすね。たぶんあいつは弱小校まで無理やり従わせるとかないみたいっすから。でも諸橋はヤバイっすよ。近隣の真面目校のやつらまで無理やりつき合わされてるみたいっす」
「…………」
正直、沙耶香にとってはどちらも薄汚い不良ではあった。
自分と違って好き好んでこんなことをやっているやつらのことなど一生理解することはできないであろう。
だから根本的には呆れたような軽蔑をもって話を聞いていたのだが。
それでも身の安全を図りやすいほうがいいのは決まっていた。
これからもこまめに話を聞いて、状況だけは把握しておこうと思った。
もちろん他に大きすぎる問題を抱えていたので優先順位は低かったが。
ヨウコは話を続けているが、既に意識は自分を苛む最悪の懸念事項へと向かっていた。