第３１話『みんなで競馬』-1
１２月○日。
誓約書が送られてきた。 そりゃそうだよね、きょうび進学するだけでも色々書かされるご時世だ。 軍の施設に入所するんだから、それなりの覚悟っていうか、逃げだしません、みたいなことを書かされるのは理解できる。 でもなぁ……。
『私は入所をもって基本的人権の一切を放棄し、ウマとしてあらゆる命令に従います』
たくさん項目があるんだろうなって思って封をあけたのに、文面はこれだけ。 たった１行。 もうちょっと書きようがあるんじゃないの、とも思うのはあたしが間違ってるんだろうか？ ウマになるんだから、どんな命令にも従うつもりではあるんだけど、改めて念を押されるようでモゾモゾする。 あらゆる命令……まさか『死ね』なんて言われないと思うけど、仮に言われたとしても逆らえないってことなわけで……。
……でも、もう決めちゃったことだし。 今更後には引けないしね。
あたしは、怖気づいちゃってる今の自分より、ウマになりたいって真剣に思った感覚を信じる。 新しい世界でヒトがましく生きるなんて、絶対に無理だ。 だったら思考を逆転させた方がよっぽど心が軽くなる。 ウマになって、ウマの最高峰を目指した方が分かり易くてスッキリする。 ということで、パパッとサインして、ハイ再送。
ではでは、さっそく郵便ポストに行ってくるであります！
……。
『賭博法並びに公営ギャンブル法』
民間人が賭場を主催することは、金銭、配給ポイント、土地その他私有財産といった賭博対象の種類を問わず、是を禁止する。 同時に『競馬』を始めとする規定の競争競技を公営ギャンブルとし、一定の控除率の下、自治体が執行することを認める。 また、自治体には、主催行事として年間に定められた回数だけ公営ギャンブルを催すことを義務付ける。
一般人は年間３度の競馬観戦を義務付け（３回を超える分には上限はない）る。 会場の空気にそぐう行動に終始し、開式から閉式まで中座することなく競馬に参加すること。
……。
『みんなで競馬』
『競馬』は、小さいものは公立学校の夏祭りから、大きいものは軍主催の『王国ダービー』まで、合計すると年間１０００近い大会が催される一大産業に成長した。 夏祭りの余興だと、近隣の露馬がかき集められ、即席の騎手を背負って競走する。 一方大きな大会になれば、競技用に鍛えた露馬を扱う馬主が、自前で持ち馬と専属騎手を派遣する。 馬主には個人馬主もいれば、ウマの生産・調教に力を入れる自治体もあるし、ウマの躾を請け負う民間団体な場合もあるが、いずれにしても馬主のプライドをかけた大会になる。 ２ｃｈ番組『みんなで競馬』は、『競馬』の中でも規模が大きい『中央競馬』を対象に、レースの中継、事前予想、厩舎情報などを放送する。
今日の競馬は、三歳牝馬（ウマになってから３年目）最強を決める『桜賞』だ。 出走する軍馬たちがパドックに入る。 ウマ達はラバースーツを主体としてピチッと締まった恰好ではなく、競走馬として恥部を華々しく飾っていた。 頭部にはポニーテールの代わりに鬣（たてがみ）を模した羽飾りを、アナルプラグには普段より増量した艶やかな尾毛を、ブーツも蹄も一回り大きなサイズに変えて履かせている。 黒スーツではなく純白のラバースーツだし、轡もいつもの倍ほどある。 全ての道具が適性サイズを１ランク超えて機能よりも見栄えを重視するため、一通り馬具を装着しただけで、ウマとしての凛々しさが際立つ恰好だ。 競走馬たちが随所に示す細かな所作も、競馬の華やかさを引きたてている。 例えばいつもより顎満杯にハミを頬張らされているというのに、涎を零す下品なウマはいない。 アナルプラグが通常の倍ほど太いサイズに置き換わっているというのに、痛そうにお尻を庇うこともない。 全てのウマが『自分達は選ばれたウマだ』という自覚の下、理想的なウマたるべく振舞っている。
『マンコオッパイ号、馬体重３４キロ、プラス０．２キロ、体長１５４センチ、膣圧２５００パスカル、肛圧１２４００パスカル』
『クリマンコ号、馬体重３６キロ、プラス０．１キロ、体長１５８センチ、膣圧２５５０パスカル、肛圧１３０００パスカル』
『マンコビンビン号、馬体重３５キロ、マイナス０．３キロ、体長１６１センチ……』
パドックに胸を張って歩く競走馬たち。 データが読み上げられる中、俯くウマは１頭もいない。 基本的にG1クラスの競馬であれば、出場競走馬全員が軍馬経験者になるわけで、躾は一挙手一投足に行き渡っている。