『胸ポケットの想い出』-1
軽く熱気を孕んだ風がオープンテラスを吹き抜けて、暑い季節の訪れがすぐそこまで来ている事を感じさせている。
俺は頭の後ろで手を組んだまま、ウッドチェアーにもたれ掛かりながらぼんやりと行き交う人達を眺めていた。
毎年、この日になると俺はここに来る。俗に言えば青春の思い出って奴かな?
高校に入って彼女が出来た。少し地味な感じの女の子だったけど、賑やかなのが苦手な俺には逆にそれがよかったんだと思う。
……カラン……
空のグラスの中で小気味よい音を立てて氷が鳴る。
ちょうど通り掛かったウエートレスに再度アイスコーヒーを頼むと俺は煙草を咥えた。
“カキン……シュボッ”
と音が響き、オイルライターの炎が煙草の切っ先に火を灯す。
『ねぇ、煙草止めなよ。身体に良くないよ?』
梅雨の合間の薄日が射す空に、溜息とともにゆっくりと紫煙が拡がっていく。
あいつは身体があんまり丈夫じゃなかったから、デートも水族館とか絵画展とか、静かな場所に行く事が多かった。
(未成年なんだから……)
それがお前の口癖だったよな。
『俺の身体の心配までしなくていいよ。』
俺がそう言うと、お前は唇を噛み締めて俯いてたっけ。
今にして思えば、酷い言い方だよな。俺のコト心配してくれてんのにさ。
だからって訳じゃないけど一応、俺もお前の前じゃ吸わない様にしてたんだぜ?
結局止めるコトは出来なかったけどな。
お前と過ごした三年間。
口喧嘩もしたけど楽しかったよ。あの日、お前があんなコトを言い出すまでは、こんな毎日がずっと続くって思ってたんだぜ?
『あのね…別れて欲しいの。私達、終わりにしましょう……』
意味がわからなかった。
いや、わかっていたけど認めたくなかった。
いつのまにか降り出した雨が身体を濡らしていっても傘をさす事すら忘れて俺は立ちすくんでいた。
真っ直ぐに瞳を逸らすことなくお前は俺を見ている。だからこれが、冗談なんかじゃないってコトはすぐにわかったよ。
『なんでだよ……』
だけど俺の口からはそんな言葉しか出て来ない。だって本当にわからなかったんだ、理由が。