意外な展開-2
校長室…廊下…ピンクゾーン…おめこ堂書店…俵屋堂書店…
堂々巡りの優衣の思考は若さゆえに膠着せず、少し反れて時間軸を遡り始めた。それは前日まで戻り、転入の手続きに来たときの記憶が鮮明に蘇った。その瞬間、優衣はさっきから感じていた違和感の正体に気づくことができた。
「そうや!廊下やったんや!」
そう声をあげた優衣は、ピタリと立ち止まった。
「どうしたん?優衣ネエ」
いきなり立ち止まった優衣に、彩夏が怪訝そうな顔を向けて聞いた。しかし、優衣はそれに答えずに、質問で返した。
「ねえ、彩夏ちゃん、ここのピンクゾーンって、いつからあるん?」
「いつからって、あたしが転校してきたときにはあったよ」
彩夏の転校は去年だ。
「あり得へん」
優衣は首を小さく振ってつぶやいた。そして、彩夏の口から【転校】の言葉が出たことで、優衣はまた疑問が浮かんできた。
「彩夏ちゃんて、転校してきたときに普通に【オマンコ挨拶】できたんやろ?どうしてできたん?」
「えっ?別に普通にしただけやけど」
「『普通』にって、彩夏ちゃんて、そのやり方、前から知ってたん?誰かに教えてもろたん?」
「『やり方』って言うてもオメコ見せるだけで、誰でも知ってることやん。オメコとオマンコの呼び名の違い以外は、特に地域性はないと思うけど…」
畳み掛けるように聞く優衣に、彩夏はタジタジしながら答えた。
「じゃ、じゃあ、前の学校でも、それって普通にやってることなん?」
つないでいた手を離した優衣は、彩夏の正面に向き直って両腕を掴むと、彩夏の怯える目を見据えながら念を押した。
「あ、当たり前やんか。クラス替えのときとか、先生の新任の挨拶とか、自己紹介するときは【オメコ挨拶】と【チンポ挨拶】は日本中どこでも同じ、基本的なマナーやんか。当たり前のことやんか」
「日本中同じ…」
彩夏が反対に畳み掛けると、それに衝撃を受けたように優衣の声の勢いが小さくなった。
「優衣ネエ、一体どうしたん?」
彩夏が心配そうに、焦点の定まらなくなった優衣の目を覗き込んだ。
「あのね…」
優衣は自分の考えを言おうとしたが、直ぐに思い止まった。自分以外の者に聞かせても、荒唐無稽すぎて、それを実際に経験した者以外が、理解してくれるとは到底思えなかったからだ。
「な、なんでもないよ」
優衣は慌てて彩夏から視線を反らして誤魔化した。
「うそや!」
「うそやないよ!」
彩夏が優衣の目を追って追求すると、追い詰められた気持ちになった優衣の返す言葉が少し強くなった。
「そんなに怒るところが怪しいねん。優衣ネエ、ホントのこと言いや!」
「ホントのこともなにも…」
「見てみ、みんな優衣ネエのこと心配してるんやで。そんなみんなの前で、もう一回『なんでもない』って言えるんか!」
彩夏の言葉に優衣はハッとした。辺りを伺うと、クラスメート達が心配そうな顔をして自分を見ていたことに気づいた。
「優衣ちゃん。なにか、心配事があるなら言ってね」
クラスメートを代表して莉乃が口火を切った。
「えっ?」
「あたし達は優衣ちゃんの友達だよ。なにかあったら助けるよ」
大人びた真理子が頼もしげに言うと、「そうそう」「遠慮するなよ」と他のクラスメートも口々に優衣に優しい言葉をかけ始めた。
温かいクラスメート達の言葉が胸に響き、一人で抱え込んでいた優衣の目から、ボロボロと涙が溢れて感極まった。
「うわああああん」
ピンクゾーンの喘ぎ声を掻き消すように、その号泣が廊下に響いた。