きわめて自慰的なマゾ男の手記、あるいは散文詩-1
鏡に映った自分の裸体…。私はそこにある自らのペニスが五十歳を迎えた男のものだと知らさ
れる。物憂い淫蕩さだけを孕んだ懐古的なペニス。それは現実の異性に対して欲望をいだかな
い(いつからそうだったのか、私には定かな記憶がないが)、おそらく不能と呼べるものかもし
れない。いや、正確には夢精でのみ充たされるペニス。
そして、夢精を私にもたらすのは憧れの夢魔…サキュバス。彼女にいだく限りなく透明な欲望
と搾り尽くされる精液に湛えられた純潔…。
私は夢の中に亡霊のように現れたサキュバスに皮を剥かれるように全裸にされ、首輪をされ、
手足をもぎとられるように手首と足首を鎖の付いた黒い枷で拘束されたままこの部屋に放置さ
れた。サキュバスがいつ私の前にふたたび現れるのかも定かでない。それが現実なのか夢なの
かもわからない。私は身を撚るような愛おしさにもがき苦しみながら彼女を待ち続けている。
あのとき、近づいてくるものが、サキュバスの唇だということかはわかっていたのに、私は
それがどんな意味をもっているのかわからなかった。彼女は私の頬を両手で包み、口の中に溜
めた唾液を私の唇のあいだに注ぎ込んだ。彼女の甘い唾液が私の口の中を潤し、咽喉をとおり
抜けていくとき、私の胸の中で心臓の音が高まり、何か大きくて、しなやかで、ふわりとした
柔らかいものが私のからだを包み込んだ。それは毒の匂いを孕んだ唾液…。液は私の肉体を
蝕み、砕かれたガラスの破片となって私の肉体に喰い込んでいった。
私は目を閉じ、深く息を吸う。サキュバスの唾液を味わい深く想い浮かべる。熟れた果実から
滲み出たような濃厚な液の匂いの気配は憂いにまぶされた甘美な性の感傷を誘うようだった。
私の首筋には、黒革でつくられ首輪がはめられ、輪につけられた小さな金属の鈍色のプレート
には、サキュバスの《ほんとうの名前》が刻んである。黒革のなめらかさがはらむ冷たさに、
私は、まるで彼女の指先のような優しさと冷酷な指爪を感じ、自分の心とからだのすべてを
彼女にゆだねる、眩暈のような感覚に充たされていく。
この部屋にふたたび現れるサキュバスを、私はずっと待っている。それは夢でもよかった。
でも彼女がやってくる気配はない。籐の椅子は蝶のように羽をひろげ、背もたれも肘かけも、
まるでサキュバスのからだをすっぽり包んでしまうまろやかさをもち、腰かけの蒼い翳りを
孕んだ窪みは、彼女のふくよかな臀部を悦楽に充たされながら包むに違いない。
なぜなら、その椅子は私であるから。サキュバスの尻を受けとめる私の頬や唇は押しつぶされ
そうになる。それでも私は彼女の臀部の切れ目の奥底の香しい匂いで充たされるのだ。
サキュバスの瞳はしっとりと濡れ、不思議で冷ややかな淡い光を放つ。私はただ、彼女の前で
佇むことしかできない。私は、彼女の艶やかな黒髪、酷薄な笑みを漏らす紅の唇、黒い下着か
らのぞいた白い胸元、そしてなめらかな麗しい線を包んだベールのような下着に覆われた下半
身からすらりと伸びた脚、それらのすべてにひれ伏そうとさえしている。
優美な刺繍の入った黒い網目のストッキングが彼女の白すぎる脚肌を包み込んでいる。光沢の
ある黒いエナメルの細く尖った踵をもつハイヒールはサキュバスそのものであり、夢の中で
響いてくるヒールの踵の音には彼女の体温と血脈が香り高い響きとなって含まれ、やがて私の
すべてを支配することになるのだ…。