奪われた幸せ-1
「人が刺されたってよー。」
「一体誰が…。」
風馬君のおばさんが元夫にストーカーされている話を聞いてから何か嫌な予感がし、下校時や買い物帰り何かにふらっと無意識に彼の家付近を通るようにしていた。するとその予感は皮肉にも的中してしまい、彼の家の周りにパトカーやら救急車やらが忙しそうに走り何処かのお祭り会場の如く野次馬までぞろぞろとやって来て。
「風馬君っ!風馬君っ!」
あの最低元夫の仕業なのは分かっている、概ね一方的な嫉妬で彼らを襲ったのだろう。
でも、誰かって誰?
「………。」
当然、八重樫さんおばさん、そして風馬君を思い浮かべるものだが。
「…いや、嫌だよ…。」
それでも私には彼、愛おしい風馬君の顔ばかりが浮かんできて、人は大きな不安に見舞われた時、最悪の結果ばかりを想像してしまう。
「にしても何があったんだべな。」
「ひょっとして家庭内暴力?」
「夫によるDV?」
「いやいや息子の暴力とか?」
他人の不幸を喜び面白可笑しく馬鹿な憶測を浮かべる野次馬共。
今私はそんな連中が目的地である彼の玄関付近に立っていて通るいや確認すらできずに居て、身長の低い私は仕方がなくジャンプを何度もぴょんぴょんとするも目にするのは野次馬共背中ばかりで。
「そういや小鳥遊さん家、ちょっと前に問題があったってねー。」
「そうそうー、旦那さんと離婚して、その人に付きまとわれてるとか。」
「じゃーこの血って?」
「奥さんかしらー。」
「いや、この手の奴は相当ねちっこいし息子さんってのも。」
「あー!より一層苦しめてやろうってか、酷いわねぇー。」
「以前ゴミ出しの日何かにあったけどとても愛想良くて良い子だったし。」
「母親を護ろうとして、代わりにグサーって!」
「………。」
どうして?
どうして私がこんな嫌な思いしなきゃいけないの?
私がなにをしたって言うのっ!
神様に見捨てられた、いや神様が敵に回ったかの如く私が来てからそんな聞きたくもない耳が傷む話ばかりが飛び散る、今だ増え続ける野次馬のせいで安否も確認出来ず。
「いやーしっかし初めて見たよ本物の事件現場。」
「あぁー、ドロドロしてまんがなー♪」
「……。」
もうやめてよ。
「いっけない!ブログにアップしないと。」
「タイトルは夕方の惨事!息子による家庭内暴力かっ!ってね♪」
「あらーいいじゃない!」
「うっうう…。」
もう泣きそうだ、目の前が視界が。
「いい加減にして下さい!」
「っ!!」
そんな地獄絵図の向こうから響き渡る聞き覚えのある友の声。
「なっ何よアンタ。」
「人の不幸がそんなに楽しい訳!?」
「い、いやー私達はねぇー。」
「そうだよー、最低な犯人さんをこの目で。」
未だ自分たちがいかにみっともない事をしているのか自覚のない若い男と中年女、男がへらへらとスマホ片手に血のついた彼の玄関を写そうと腕をあげると。
「わっ!何しやがるっ!」
その手に容赦なくはたき、男が手にしたスマホは地面に振り落とされ。
「確かに犯人は最低かつ非道人間よ、でも!人の不幸を楽しみ何の落ち度もない人を傷つける貴方たちも相当最低!いえ恥ずかしいわ大人として人としてっ!」
「………。」
彼女の怒号に頭を冷やしたのか、それかバツが悪いのか、そいつらは不満そうに去って行き、残るのは警官と救急隊員のみとなってくれて。
「巴ちゃん…。」
後になって自分もこの場所に向かう、みたいな事を言って走っていく野次馬を見て、ついて行ったそうで。
「ありがと。」
「礼は良いよ、そりよりも。」
弱弱しい声でお礼を口にする私に対し彼女は凛とし、救急隊員達が群れる所へ行き。
「あの、ここの住民の方は?」
「お知り合いですか?どうやらここのご家族の方が怪しい男に刺されたそうで皆で一緒に救急車に同乗しましたよ。」
「……。」
概ねの予想は当たった、でもそれが誰なのかは言ってくれず、ご家族の方…では誰が刺されたのか。
八重樫さん?彼なら二人を護る為に新しい一家の大黒柱としてアイツに食って掛かりそうだし、アイツからしたら彼は一番憎い存在かも、恋敵…とはまた微妙だが。
それかおばさんか?自分の人生を台無しにしたと思っている張本人だし、3人の中じゃ一番馴染み深い人だし。
…それかやっぱり風馬君?この二人と比べて動機が一番なさそうだけど、もし本当にアイツがおばさんを生かして精神的に追い詰めてやろうと考えているなら彼を狙っても可笑しくない、だっておばさんにとって彼は世界で一番の宝物、生きる支えな訳だし、それか八重樫さんのように大切な母親を護ろうと元父親に食って掛かってそれでっ!
「……。」
やっぱりって何よっ!?
考えても仕方がない事をつい考えてしまう、少しでもこの嫌な現実を逸らそうとしてやっているのかもしれないが。
「若葉っ!」
「っ!!」
巴ちゃんに一喝され、はっと我に戻る。
「行き先が分かったわ、早く行くよ!」
私が悶え苦しんでる間に搬送先を聞き、タクシーを呼んでくれた。
巴ちゃん…
彼女がとても頼もしく感謝の気持ちで一杯一杯だ。
それから覚めて欲しいこの悪夢のような現実のまま急いで彼女と一緒にタクシーに乗り込む…。
風馬君…風馬君!