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《見えない鎖》
【鬼畜 官能小説】

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〈二人だけの宝物〉-22

(……田中…さん……)


たかが一枚の表札である。

しかし、その表札はこの部屋の住人の名前を示すもの。

まるで『もうオマエの住む場所じゃないんだ!』とでも訴えるような威圧感を、花恋は感じた。

そうなのだ。
自分の住む場所はあの呪われた家しかない。
母・貴子と一緒に入ると決めた新しい家しかないのだ。

進んでしまった《刻》は二度と戻らない。
失った物は、二度と取り戻せない……。


(………!!!)


花恋はまたもや駆け出した。
あの兄弟が居るかもしれない家に向かい、息も絶え絶えに駆ける。
十数分の後、花恋は我が家に辿り着くと、ミニバンの有無すら確認しないままで玄関を潜り、二階の自分の部屋に駆け込んだ。


(もう…もう充分よね…?私…私、頑張れたよね?)


花恋は椅子に座って机に向かうと、左手を机の上にドンと置き、右手を振り上げた。
その右手には、小学生の時に母に買って貰った裁縫用の鋏が握られていた……。


(ひッ…一突きしたら…ッ!)


少女マンガで見た悲劇のヒロインの最後……手首を剃刀で切り、失血死するシーンが、花恋の頭の中に浮かんでいた。


(ちょっと我慢するだけ……ちょっと我慢すれば……)


どれ程の時間で失血死に至るのか、花恋には分からなかった。
だが、〈その時〉がくるまで、花恋は《あの歌》を思い返して過ごそうと思っていた。
あの歌とは、着信にしている思い出の曲。
英明と一緒に聞いた大好きな曲を歌いながら、こんな現世から離脱しようと思ったのだ。


(怖くないッ!こ…怖く…ない…!)


先端部の鋭利な鋏は、家庭科の授業で使うからと、母の貴子が選んだ物だ。

『裁断や裁縫は女の子だったら、覚えておくと必ずいつか役に立つから。それに良い物は一生物になるからね?』

そう言って、母は其れなりの値段の鋏を買ってくれた。
つまり、花恋の将来の為なら投資は惜しまない。と言う考えは、恐らくは花恋が生まれた頃からのものなのだろう。


(……お母さん…ッ)


鋏の輝きは、その冷たさとは裏腹に、温かな思い出を花恋に呼び込んできた。

まだ花恋が幼かった頃の節分に、母は鬼の面を被って豆をぶつけられ、わざわざドアを開けて外まで逃げ出して笑いを誘った事を。

クリスマスには無理をしてでも大きなクリスマスケーキを買い、ツリーを飾り、そして翌朝にはプレゼントを枕元に置いててくれた事を。

自分が行かなければ花恋だけが一人ぼっちになるからと、どんなに仕事が忙しくても必ず学校行事には来てくれた事を……。



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