第22話『ヌカず嫌い王選手権』-5
『それじゃあ素直にならなくっちゃ。 彼が言う通り、1時間に1回、きちんと毛を抜けばいい。 出来るよね? っていうか、それ以外の返事は求めてないから。 否定するなら相応の覚悟を求めちゃうよ』
『くっ……!』
しばし司会と男性の両者を睨むも、十数秒後、ガクッと『A』が肩を落とす。
『……わかり……ました……』
『なにがわかったの? 具体的にどうするわけ?』
一気に声から気力が抜けた『A』に、ニヤニヤしながら畳みかける司会。
『……一時間に一回……職場で、ちゃんと……抜きます』
『抜く? 何を?』
『……鼻毛です』
『えっ、何? 聞こえないんだけど?』
『は、鼻毛を抜きますっ!』
最後はヤケクソな大声だった。
『うんうん、素直なトコもあるじゃない、感心だよ。 分かってくれたみたいで僕も嬉しいし、彼もほっとしてると思うよ。
もうこれ以上Aさんのクサそうな鼻毛を見なくて済むんだからねぇ。 それじゃあ『鼻毛』はこれくらいにして、次のアドバイスにいっちゃおうか。
ずっと『A』の鼻孔を映していたモニターが切り替わり、電光掲示板から『鼻毛』が消える。 残りのアドバイスは『体臭』『トイレ』『髪型』『パンツ』の4つだ。 次に『A』が選んだアドバイスは『体臭』だった。 『……お願いします』、頭を下げる『A』は、心なしかさっきより背中が丸くなり、小さくなったように映る。
『Aさんって、はっきりいって汗っかきなんですよね。 それなのに夏場もしっかりスーツ着てるし、冬はストッキングを2重に穿いてるし。 自分1人が汗で濡れるくらいどうでもいいんですけど、汗かいた後って酸っぱくなるじゃないですか。 どうも彼女、酸っぱくなりやすい体質みたいで、ツーンってこっちまで匂っちゃう。 ぜひ何とかして欲しいわけです』
『あるある。 運動不足な人ってすぐに汗びしょになるよねぇ。 普段から運動してればいいのにね』
『個人的には、体質はしょうがない、と思ってますが、それでもあんまり酷くて目に余るんで』
『でもさ、これは簡単に解決できるかなぁ。 だって汗かきは治らないでしょ。 今だって顔中汗だらけじゃない……って、あれは涎と鼻水か、はっはっは』
鼻毛を抜いた後遺症で、『A』は鼻をスンスン啜りながら自分への論評を聞いている。 反抗するのも馬鹿らしくなったのか、それとも観念してしまったのか、白けきった、それでいて怯えたウサギのような上目遣い。
『もう少し軽装にしたらいい、と思うんです。 そしたら涼しくてちょうどいいじゃないですか』
『なるほど。 例えば全裸で仕事したらいい、とか?』
『勘弁してください。 さっきいいましたけど、彼女の机って自分の正面にあるんですよね。 汚い、弛んだ裸を正面で見せられる身になってくださいよ。 猥褻物陳列罪どころか汚物放置罪まで適用モンですから、マジで』
『はっはっは、冗談冗談。 そうだねぇ、確かに四十女の小汚い裸なんか、頼まれても御免だわなぁ。 だったら君のいう軽装ってのはどういうもんか、具体的に教えてくれるかな』
『弛んだ』『小汚い』『四十女』といったフレーズに、ピクピクッ、『A』が蟀谷(こめかみ)を震わせる。
『上下を『網系』で揃えたらいいと思うんです。 メッシュより風通しがいいし、透けてるから見た目も涼し気だし、身体にフィットして動きやすいでしょう。 上は『網シャツ』、下は『網タイツ』が基本。 後は体温微調整で、スカートやショールを適宜追加したらどうでしょうか。 一応自分のイメージが伝わるよう、現物は用意してきました』
そういうと男性は用意した紙袋から『網シャツ』『網タイツ』を取り出した。 司会に促され、その場で『A』が着替える。 更衣ボックスも何もなく、テレビの前で生脱ぎ・生着替え。 市中なら猥褻物陳列罪・痴漢罪が適応される行為であっても、『2ch』内ならば何をしても許される。 肌にピタリと張り付く黒灰色で全身を覆った『A』は、まるでダイビング選手のようだった。 異なるのは、よくよく見ると網目の隙間から地肌が見え、乳首も膣もお尻の穴も、克明とはいかないが位置や形は凡そ見える。 網が身体の輪郭を強調するため、『A』は一段と妖艶に映った。
『ふうむ。 うん、悪くない。 っていうかハードな感じが似合ってるんじゃないかな』
『……ありがと』
脱いだ服は乱雑にひとくくりして、脇に寄せる。 そんな『A』を眺めては、司会はしきりに頷いた。
『一応聞くけど、暑さ的にはどうなのよ、それ。 さっきと比べて暑い、涼しい、どっち?』
『……だいぶ涼しい、っていうか、寒いに決まってるじゃないのよ……。 ねえ、寒いってわかったなら、あたし、もう服をきていいわけ?』
『A』の質問は当然だ。 『網シャツ』も『タイツ』も実質的に下着と変わらない。 なら、下着姿でウロウロして暑いわけないし、その上から何か羽織るのが普通だろう。 けれど司会は驚いたように顔の前で掌を振る。
『ダメダメ、だぁーめっ! まだそんなこといってるの? せっかくアドバイス貰ったんだから、これからはずっとその恰好に決まってるじゃない。 職場でもプライベートでも、ネットウェアで通せるよう特別に計らって貰いなさいな。 『2ch』で決まったっていったら、大抵の職場も交番も、保健所だって見逃してくれるさ。 番組に出た役得と思って、その新しいスケスケ衣装、遠慮しないで着こなしちゃおうよ。 はっはっは、よかったねAさん。 ほら、嬉しいんだったら笑わなくっちゃ。 なんでしかめっ面なわけ? 僕に出演打ち切りにして欲しいってこと? これ以上つまんないことを言わさないでくれると助かるんだがなぁ――』
一呼吸おいて、