連絡-2
ビュッフェは虎ノ門に新しく建てられた53階建てのモンテリアルホテルの52階から53階にかけて都内を羨望できる人気の眺望ラウンジに贅沢と豪華を詰め込んで造られたゆったりとした空間だった。
わたしがこんな所に来るのは結婚してから初めてだったものでしたから、忘れかけていた女を見せつけたくて薄いピンクのドレススカートに淡いシルクのインナーを組み合わせて今でも大好きな刺繍が織り込まれた新品のランジェリーを纏い胸元に少し重たい光沢が不規則に輝くネックレスを提げパネライの腕時計をさりげなく手首に嵌めて小さいけれど美しいダイヤのピアスを付け少し寒い季節だから灰色とオレンジが交わったふわっふわのストールに久しぶりのヒールを輝くまで綺麗に磨いて鏡の前で何度も点検して「これなら大丈夫、佳奈にも負けない、朋未にだって負けやしない」と31歳になったわたしもまだいけると言い聞かせて今日を向かえていた。
「やっぱり素敵ね」
52階に着くなり佳奈は景色を差して言ったのかわたしを見て言ったのかどっちなのかな、と思わせる見つめ方でわたしにいい匂いを嗅がせるようにさりげなく近づきながらそう囁いた。
「佳奈ちゃんは来たことないの」
佳奈には彼氏がいる。佳奈の彼氏は二十歳の頃から今も続いているわたしと同い年の確かに恰好いい部類の若者だったはずだ。今では立派な男らしさを備えた大人のビシネスマンになっているはずだった。
「ないよ」
そっけなく言ってわたしをすり抜けるようにいい香りを残しながら颯爽と53階に向かう階段に向かって長い脚を綺麗に織りなして時折覗かせるヒールを見せつけるように歩きだしていた。
「朋未は」
「いや、ないよ。だってここに来たくて佳奈さんを誘ったんだもん」
そういうことか。朋未と佳奈は大学院に進んだ佳奈の研究室に大学に入学した朋未を指導する非常勤講師と生徒のような関係から始まっていた。
それからの付き合いで卒業後も何度か食事に行っていると結婚してから幾度か誘われては断っていたから知っていたことだった。
朋未が誘う食事はいつも高くて豪華で優雅な場所を選んでは好むところがある。合コンにしても食事会にしてもいつだって男達のことは関係無く自信が輝く場所を選びたがるのが朋未だった。
先に歩く佳奈を追いかけるように朋未は絨毯に消された白いヒールの音の変わりに淡い刺繍を美しく見せつけるように柔らかそうなお尻を大胆に振りつけながら踊り場を優雅に進んでいって「はやくおいでよ」と可愛らしい笑顔で振り返って微笑む朋未だった。
踊り場から聴こえてくるピアノの音色は本物の鍵盤だからこそ描けるゆったりと和ませるシューマンの子供の情景だったがその鍵盤こそがこのラウンジを象徴しているようだった。
階段に進んで朋未の後ろに着いた時朋未は悪戯に「待って」と言って、わかりやすいように爪先を掴むようにお尻を惜しみなく突き出すように屈みわたしを壁にすることで下着が見えそうで見せない昔よくやっていたあの仕草をこんな場所でも当たり前に見せつける相変わらずの朋未だった。
朋未のせいで幾分わたしがズレてしまったのは理解している。
この朋未の仕草こそが男達を虜にする態とらしい演技なのだ。
結婚して子供を産んでそれでもまたそれをやる朋未に懐かしさと厭らしさを感じながらわたしには微笑を返すことしかできなかった。