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やがて二人の笑い声が止む頃、美樹は一人、胸の中である答えを出していた。
笑い声がフェードアウトして、二人の弾んだ呼吸が静かな部屋に響く。
美樹は、自分を落ち着かせるように胸に手を当てて大きく深呼吸してから、真面目な顔を女に向けた。
「あたしも、幸太と別れる」
「……マジ?」
「マジマジ、大マジ。正直言うと、ここに来るまでは、相手の女……アンタのことね、絶対許さない、縁切らせるつもりで乗り込むつもりだった。だって、あたしと幸太、そろそろ結婚するつもりで式場下見とかいろいろしてたのよ」
「…………」
「だけど、アンタと話してみて、一番悪いのは幸太ってことに気付いたんだ。あ、だからって勘違いしないで。あたし、アンタのことだってはらわた煮えくり返るくらいムカついてるんだから」
おどけて言ったつもりでも、女の顔は引きつり笑いで固まっている。
「でも、ここでアンタだけを責めて、幸太と再構築したってオイシイとこどりなのは幸太だけでしょ。アンタが幸太ともう会わないっていうのなら、あたしも幸太を捨ててやる」
そうはっきりと意思表示をすると、目の前の景色が幾分晴れたような気がした。
そうだ、こんな浮気男に割いてる時間がもったいない。
あたしは若いしまだまだやり直しができる。
そう前向きな事を考えているのに、身体は相反した反応を見せていた。
未だチクチク痛む胸。噛みしめなければ震えっぱなしの唇。
そしてさっきから溢れて止まらない涙。
8年間だ。高校の時からずっと隣にいた。
そんな幸太とサヨナラするには思い出が多すぎる。
女もつられたように鼻をすすり、
「ごめん……ごめんなさい……」
と、静かに泣くのであった。
美樹は黙って首を横に振る。
この女と浮気してなくたって、幸太は浮気を平気でできる男、きっといつか別の誰かと浮気をするに違いない。
返してよ。8年間のあたしの想いを返してよ。
美樹は拳を作り、何度もフローリングにそれを叩きつける。
本当に、本当に大好きだった。
だからこそ、もう許すことなんてできない。
女も泣きながら美樹を見つめている中、美樹は
「幸太のバカヤロウ……!」
と悲鳴のように泣き叫ぶのだった。