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「美樹、泣いてたか……?」
幸太の悲しげな瞳がこちらに向く。
望美は、さっきまでここにいた美樹の涙を思い出してーーそして、黙って首を横に振った。
「……すごく冷たい目で、『あんな男、もうどうでもいい』って……」
「そう、か……」
幸太は、ハーッと大きなため息を吐いた。
全てが終わった、そんなため息だった。
刹那、望美は項垂れた幸太の身体を抱きしめた。
耳元で、幸太がハッと息を呑む。
「幸太、アタシは幸太が大好きだよ」
「の、望美!?」
「幸太にとって、アタシは単なる浮気相手でしかないのはもちろんわかってる。でも、アタシはずっと幸太が好きだったの。幸太が彼女さんをどれだけ大切にしてるのかも知ってて、ずっと苦しかったけど……それでも側にいたかった。もちろん、今だって、これからだって……!」
顔を上げた幸太の目に映ったのは、望美の精一杯強がったような笑顔だった。
気の強そうなつり上がった瞳。でも、それがかすかに涙で潤んでいることに気づいた幸太は、ついに望美の身体をしっかりと抱き締めていた。
「望美、こんな俺でもまだ好きでいてくれるのか?」
「馬鹿ね。キライだったらとっくに離れてるわ」
望美の声がいつになく鼻声になっている。
自分の腕の中で、彼女の細い身体が小さく震えている。
幸太はそこで初めて、浮気相手としてしか見ていなかった望美に対して罪悪感と、愛おしさを感じ始めていた。
もしかしたら自分の罪は、美樹に内緒で浮気をしていたことではなく、望美を二番手としていいように扱っていたことなのではないか。
本当に大事にするべきものを、間違えていたのではないか。
幸太が抱き締めていた腕に力を込めると、
「幸太……苦しいよ」
と、嬉しそうに文句を言う望美。
幸太はますます胸を締め付けられるような気がして、大きく鼻をすすった。