便利屋-2
一般小売ではさほどメジャーではないメーカー(ベンチャー)が開発したフットケアシステムは、コンパクトではないが、家庭向けに発売されたシステムで、いくつかの介護福祉用品系の商社が代理店となり販売している。主に、リラクゼーションサロンや高齢者などの介護施設がターゲットになっていて、涼平も何度か引き合いがあり、売り込みをかけたことがある。
先日坂村女史に紹介された、サロン経営の女社長にもこのシステムを紹介しようと思い、勉強しておこうかと思っていた所だった。
「介護施設とかから引きがあるんで、下調べはしたことがあります」
「そうか、それならちょうど良かった。お察しの通り、実演販売をやりたいって言ってきているんだ。そこで、代理店になっているうちに、ヘルプが来たってわけだ」
「Zさんなら断れないですよね」
「まあ、そういうことだ。それで、イベント実施店舗を管轄する営業所にも応援要請があったていうことさ」
実演販売のヘルプなら、何度も経験している。今回は、若い女性から高齢者まで幅広い年齢を対象にしている商品であることと、名の知れたZ薬局であることから、結構な忙しさになるかもしれない。
「本来ならZ薬局本社との取引っていうことで、売上は音無さんのところに全部持っていかれるんだが、支店長同士の話し合いで、売上は、各店舗担当者扱いにしてもいいってことで落ち着いたんだわ。だから、担当店舗でのイベントには、各担当営業所から出すことになったっつーわけ」
ことの経緯はよく分かった。だが、実演販売のヘルプならこれまでにも数多くやってきたはずで、何なら若手に行かせても問題ないはず。むしろ、担当を持っている涼平の年代だと通常業務に支障が出るので、避けたいはずなのだが。
「一つ厄介なのが・・・・・・」
そら来た。何かしら厄介な条件が付いているような口振りだ。そうでなければ、わざわざ涼平に白羽の矢が立つ訳がない。
「そのイベントに、有名人がスペシャルゲストとして登場するって企画なんだよ」
有名人・・・・・・まさか人気アイドルグループが来るってことは無いだろうが、それでも有名人と聞くと、何だかワクワクしてしまうミーハー気質な涼平。ちょっとだけ、眼の色が変わった。
「で、特にマネージャーとかがいるわけじゃないから、身の回りの世話とか、まあホストだな。色々と人手がいるんだと」
「でも、それはZさんがあれこれすればいいんじゃないですか。自分で企画したんだから」
「確かにその通りなんだが、実際、そのゲストさんの役回りが実演販売に関わる部分が大半だそうだ。だったら、うちの社員がお世話した方が効率的って話」
どっちみち決まったことだし、相手がZ薬局であれば、向こうからの要請があれば受け入れざるを得ないのだろう。涼平もその辺を重々承知している。
「で、出番が回ってきたということですね」
「そういうことだ。ま、一つ頼むよ」
業務命令だし、拒否することは出来ない。まあ、拒否するつもりもないが。
「それで、そのゲストって誰なんですか?」
「そうそう、えーBなんつったかな・・・・・・ええと・・・」
ある程度メジャーなら、酒井でも耳にしたことがあるはず。すぐに思い出せないということは、所詮その程度の知名度しかない人物になる。
酒井は、ペラペラと手帳をめくり、打合せのメモに目を通す。
「えーと、BBSって知ってるか?」
「BBS?掲示板のことですか?」
一般的にBBSと言えば、インターネット上の掲示板のことを指す。
はて?そんな掲示板みたいな芸能人っていただろうか?
涼平は、考えてみたが、すぐには出てこなかった。
「これはなぁ、なんでも女子プロボウラーの寄り合いみたいのもんで」
酒井の女子プロボウラーで、涼平はピンときた。
「バトル・ボウル・サーカスのことですか?」
「そうそう、それそれ。なんだ有名なんだな」
「いや、別に有名ってわけじゃないっすよ。どっちかと言えば、マニアックかな」
BBSとは、『バトル・ボウル・サーカス』の頭文字をとった造語で、女子プロボウルの大会のことを指す。
最近では、テレビ番組ともタイアップし、メディア露出も増加傾向。一部では、熱狂的なファンもいるようで、新たなブームになりつつある。
「ってことは、在原美咲とか郡司早苗が来たりして」
涼平は、次々と女子プロボウラーの名前を連呼した。
「お前、ボウリングに詳しいのか?」
思いのほかボウリングに詳しい涼平に驚いたのか、酒井がびっくりした顔で問い返した。
「ええっ!?知らないんですか?『リトル・ジャイアントキラー 在原美咲』、『テンフレの魔術師 郡司早苗』、まさか、『女帝降臨 三条綾子』ぐらいは知ってますよね?」「知らんよ。お前ぐらいだぞ、そんなに詳しいのは」
酒井の年代でも、一頃のボウリングブームは過ぎ去っていた。ましてや、それよりもだいぶ下の涼平世代では、たまに遊ぶレジャーの一つぐらいの位置付けでしかない。
このやり取りを聞いていた営業所内のメンバーも、当然知りませんと言った顔で、酒井に同調している。
「テレビで、テレビって言ってもCSですけど、定期的に放送してますよ。俺もけっこう見てます。本当にみんな知らないんですか?」
「だから、お前がマニアック過ぎるんだよ。でも、完全にお前が適任だとわかったよ。もうお前以外に誰も出来んわ」
席に戻ると、隣の席の営業事務、鈴元典香がクスクスと笑っていた。
「まったく、人のことを便利屋ぐらいにしか思ってないんだよな」
涼平は、苦笑いしながら、パソコンの起動ボタンを押した。
「まあまあ、そう言わないで。涼平君にしかお願いできないなんて、それだけ信頼されてるってことよ」
典香は、涼平と同期入社の仲。良くも悪くも、本音で話せる仕事上の良きパートナーだ。
「笑いながら言っても、真実味ねーし」
でも、悪い気はしない。