第12話『3分クッキング』-3
1レシピにつき、1頭の軍馬が試食する。 ラバースーツと装具一式を身に着けた、正規の軍馬だ。 講師が完成した大量の料理――おそらく5人前は優に超えている――を、軍馬用の『飼葉桶』に注ぐ。 あくまで栄養保管が料理の目的なので、盛付に対する配慮はない。 講師がハミを外すと、軍馬は勢いよく顔を『飼葉桶』に突っ込んだ。 手は使わず、顔と口、舌のみで平らげる。 これが軍馬の食事作法で、さらにいうと『出されたものは一切れ余さず貪り喰らう』ことが、軍馬の礼儀に適っている。 息をするのも忘れたかのように、ガツガツ、ゴクゴク、ズズズズズッ……桶に溜まった白い液体を嚥下する軍馬は、喉も口も休めない。 たちまち料理の嵩(かさ)が減ってゆき、1分もしないうちに大量の料理は姿を消した。 桶に僅かに残った残滓もごく自然に舌を伸ばし、ペロペロ、ピチャピチャ、舐めては啜る。 桶が綺麗になる様子をズームアップしつつ、画面が暗転して次のレシピに進むのが番組の流れだ。 5つのレシピを紹介し終わったところで例のなごやかなテーマソングが流れ、来週のレシピを紹介して番組は終わる。 ちなみに来週のレシピは、『燕麦ソテーのウマゴヤシソース』『燕麦とウマゴヤシのたくあん炒め』『燕麦のウマゴヤシ挟み蒸し』『白燕麦豆腐のウマゴヤシ和え』『燕麦クッキーのウマゴヤシ揚げ』の5本だった。
……。
食料がすべて『配給制』になって、約1ヶ月が経過した。 食料の量に不足はないものの、確実に『嗜好品』の姿が減り、無味乾燥な雑穀の割合があがっている。 代表が『燕麦』と『ウマゴヤシ』で、本来ヒトが食べるものではないとされる穀物だが、健康増進、環境保護に託(かこつ)けて、いまでは燕麦が全穀物の30%、ウマゴヤシが20%を占めるに至った。 市民の主食だった『小麦』はたった20%、残りは大麦10%に稗、粟、キビが合わせて約10%。 これでは市民にしたところで、料理を楽しむどころではない。 食事は、かつて家族団らんの重要な要素であり、人生の幸福を代表していた。 今では、味気なく、面白みもない、いうなればただの『栄養補給』に成り下がった観がある。 それでも20%の小麦を用い、記念日や特別な祝い事にはケーキやクッキーをつくれはするが、今後も燕麦の率はあがる気配で、これから先も小麦が配給されるかどうかすら定かではない現状だ。 衣食住のうち『食』については、軍に完全に掌握されたといえよう。
意識の底にジワジワと淀む何かが溜まる。 市民を待ち受ける、生活の変化。 ヒトがウマへと変わりゆく日々は
まだまだ始まったばかりである。