第10話『テラス・ホース』-3
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『テラス・ホース』
番組1回につき、女性は3名登場。 冒頭、CCカメラが捉えた、出演女性たちの『謙譲美徳法』に触れた言動が流れる。 1人目は、みなが帰宅した職場に残った30代前半の事務担当女史。 持ち主がいなくなった窓際の椅子を蹴とばし、『あたしにばっかり仕事ふって、ちっとは自分も仕事しろ、アホ部長!』と吐き捨てて、これが新法にひっかかった。 2人目は、小売業者で荷卸しを仕切る40代後半の女性。 1人で山盛りの荷物を運ぶ若手男性社員をせっつき、『さっさと運びなさいよ。 アンタそれでも男なの?』と、自分は手伝おうともせず叱咤する。 そのシーンがカメラに記録され、法律に抵触し、出演となった。 3人目は、女子バレー部の部室において、その場にいない顧問の悪口で盛りあがる、女子下級生集団の筆頭格。 『アイツ絶対あたしたちイジメて楽しんでるよ』『眼つきがイヤらしいよね』『自分なんて全国大会にも出たことない癖に、偉そうなクチきいてんじゃないっつーの』 時に顧問の真似をしながら笑い飛ばす性根は『謙譲美徳法』の対極に位置する。 新法の適用範囲は成人女性に限られてはいない。
新法に抵触した発言、言動をした出演女性には、これから略装の『軍馬』――ハミを咥えている以外は普通の恰好で、市民と同様に服をつけ、靴も履いている――と1週間の間、同居するよう命じられる。 そして『軍馬』と生活を共にし、職場や学校でも軍馬と共に行動することになる。 一週間後、女性自身と随伴する軍馬のどちらがより一緒に過ごす上で好ましいか、周りの人間――職場の同僚、上司、部下、チームメイトたち――がアンケートで決定する取り決めだ。 『軍馬』より女性の方が周囲から必要とされた場合、女性はお咎めなし。 一方で『軍馬』が女性よりも好ましいと判断された場合だが、女性は1ヶ月間『ポニー(軍馬の見習い)』として調教を受け、自分の能力・立場・身分を再確認しなければならない。 女性と軍馬の共同生活はすべて録画され、録画部分のダイジェストが番組を通じて放送される。
画面が切り替る。 1人目の出演女史が暮らすアパートに、軍馬を入れた『大型トランク』が搬送されてきたところだ。 搬送員がトランクを開け、中から『軍馬』と『一週間分の衣装、食事、日用品』を取り出した。 今日から1週間、このトランクが『軍馬』が暮らすスペースだ。 着替えを済ませ、開いたトランクに収まるべく四つん這いになる軍馬。 女史は最初明らかに軍馬に怯えていたが、軍馬がジッと動かないことが分かると、いつもの暮らしに戻る。 朝、パリッとしたスーツに着替え、出勤。 軍馬も後をついてゆく。 職場には既に『軍馬と共同生活をすることになった』と軍から通知がいっており、口にハミを咥えた妙齢の美女――軍馬は綿布やハミ、光覆いや鼻フックをしているせいで知られていないが、素顔は非常に整っている――が同伴しても、誰も驚かない。 物珍し気に軍馬をチラッと覗き見る程度だ。 やがて就業時間になり、様々な業務が始まった。 途端にいつもと様子が変わる。 出演女史がメールチェックする間に、女史がこなすべき業務を悉く軍馬が片付けてしまう。 備品発注、予定表作成、会議資料準備、伝票整理、帳簿管理、メール返信、交通手配……女史が通常午前中いっぱいかけてこなす仕事が、ものの10分足らずでなくなってしまう。 軍馬は筆談で――ハミを咥えているため、言葉は喋れない――社員と意思疎通を図り、女史の部署がこなすべき仕事を尋ね、更に仕事をこなしてゆく。 来月の出納帳作成、先月の未入金先督促状、歳末手当、出張費決算、物品発注、見積もり概算請求等々。 女史であれば上司から頼まれない限り手をつけないような面倒な仕事を、自分から探し、片っ端から片付ける。 もちろん軍馬だけで出来ない仕事がほとんどだが、即座に概要を理解し、同僚の手を借りながらも着実に作業を進めてゆく。 あげくに隙間時間に御茶を汲み、コピーをとり、職場に掃除機をかけ、流しを掃除し、冷蔵庫を片付けて……まるで10年来会社で働いてきたかのように、諸事滞りなくこなすではないか。 上司を始め、同僚も軍馬の仕事ぶりに目を丸くしていたが、一番驚いたのは女史自身だった。 この会社は自分がいないと回らない、自分が一番仕事が出来る……そんなプライドがあっという間に粉々になる。 慌てて仕事をしようとするも、事務仕事は全て軍馬が済ませており、既に女史に出来る仕事は残されていなかった。 仕方なく画面を弄り、文字をタイプしては消し、いかにも仕事をしている素振り。 そんな合間にも軍馬は周囲から仕事を貰い、週間計画や月例報告まで手を出す。 上司や同僚は、流石に頭脳労働は任せないものの、午後になると自分たちが苦手な作業であれば、自分から積極的に軍馬に任せるようになった。 例えば製品の荷札作成や梱包作業など、新人に任せても大丈夫な業務は山ほどある。 午後3時を回るころには、軍馬は単純作業を裁量するまでに仕事を預けられていた。 こうなると女史の立場はない。 夕刻、退社時刻が来るや否や、逃げるように席をたつ女史。 彼女は結局まともな仕事は何一つできず、ただメールをチェックしただけで一日が終わった。 そんな女史について軍馬も会社を後にしたが、軍の出向という怪しい身分にも関わらず、軍馬には『さよなら』『お疲れさま』『助かりました』等々、暖かい労いの言葉がかけられた。 こうなると、残りの1週間の展開は見えている。 元々女史の振舞にストレスを感じていた上司は勿論、心身共にサポートするべき同僚まで、仕事を軍馬に預け始める。