おやすみなさい-5
ミーンミーンミーン
蝉が煩いくらいに大合唱をし始めた頃、私が此処に来て2ヵ月が経とうとしていました。
私とマサはもう大の仲良しで、どこへ行くにも一緒です。
「みすず、気を付けていけよ」
父のこの一言に、私は返事が出来ませんでした。
59年前、確か父がこの言葉を言った日マサは川で溺れたたのを思い出したからです。
「みっちゃん、早く!」
あ、うん、と私は今も鮮やかに蘇る景色を思い返しながら、ある事を思いつきました。
なんと言えばいいのでしょうか?敢えて言うなら予行練習とでも言いましょうか。「あの日」に備えて私は練習しようと思ったのです。未来を変える練習を。
「ひゃーつめてっ!」
マサのはしゃぐ姿を見つめながら、私も川に足を入れ考えます。
確か、マサはこの川のもっと奥に行こうとして足を滑らせてしまった筈です。
「マサ、奥に行っちゃ駄目ですよ」
「うんっ」
その言葉に私は、内心安堵しました。これで大丈夫だ、と。これで「あの日」も同じようにすれば良いと。
「うわっ!」
深い思考の中にいた私をいとも簡単に引きずり出したのは、マサの小さな悲鳴でした。
「どうしたのマサ!」
声を荒げる私に、マサは溺れながら助けを求めました。
私は急いで、マサを助けました。マサは幸い怪我はなく、すぐに落ち着きました。
ですが、代わりに、では有りませんが私はマサを助けた後も顔が蒼白のまま震えが止まりません。未だ狼狽える私の頭をマサが撫でてくれましたが、それでも震えは止まりません。
確かに、マサは奥には行きませんでした。けれど、違う場所でも結果は同じ。
私の頭に嫌な言葉が浮かびます。
「神様、未来は変えれないのですか?」
その日結局、泣きながら歩く私をマサが慰めるような形で二人トボトボと帰りました。マサはどうしたらいいのか、と困惑した様子でしたが私の手を掴んで離しませんでした。
その夜、私は蚊帳の中なかなか寝付けず天井を見つめていました。
未来は結局変わらない、ならば神様はどうして私を此処に戻したのだろう、またあの辛い思いをさせる為だけに戻したのかな、そんな事ばかり考えていました。
焦っている、正しくそんな感じで…だって仕方がありません。夏が来て、マサが溺れる日が来て、「あの日」は刻一刻と私に近づいているのですから。
「みすず、今日は台風来てるから外出るなよ」
朝一番、父のその声に私はごくりと息を飲みました。
木々の枝葉を揺らすくらいの風が、いつの間にか木々全体を揺らす強い風になり、地面を軽く濡らしていた雨が川が溢れそうなくらい強く降り出しました。
ぐっ、と唇を強く噛んで、拳に力が入ります。
「あの日」が「今日」になったことを感じながら。
「みすずちゃん、学校近くの小屋には特に近寄ちゃ駄目やけんね」
「そういえば、あそこはなんで、崩れそうなんだ?」
おばあちゃんの一言に、父が聞きました。
マサが最初戦争の爪痕と教えてくれた小屋。そこは始め村一番の高さのある小屋で、敵から目立つからと戦争時壊されようとしていました。けれど、壊される前に戦争は終わり、誰も補強もしないまま放置されていました。この村の唯一の戦争での跡です。