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おやすみなさい
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おやすみなさい-1

無理なのだと、不可能なのだとわかっているのに、私は未だに思うのです。

あの日あの時あの瞬間。

私のこの手があなたを掴めていれば、と。

「山本さん、山本みすずさん。お薬の時間ですよ」

柔らかく話し掛ける声で、私は目を覚ましました。
ツンと鼻にくる消毒液の香にも、もう慣れてしまって逆にご飯の匂いが苦手になってしまったのはいつからでしょうか?

「もう、そんな時間になったんですね」
「はい、よく眠れましたか?」

私の体を支えてくれる看護士さんに話し掛ければ、笑顔で返してくれます。
眠れないベッドでの生活に飽き飽きしていた頃とは違い、最近は気が付けば寝てしまいます。起きていても、ぼんやりと眠気は取れないままです。

「お孫さんが持ってきてくれた花綺麗ですね」
「えぇ…本当に」

話し掛けられて思わず棚にある、ピンクのガーベラが差された花瓶を見つめました。15になる孫は、時々花に負けないくらいの大輪の笑顔を咲かせながらお見舞いに来てくれます。
今日学校でね、とかお母さんが、なんて他愛のない話をしてまた来るねと笑顔で帰っていくのです。

「あの子がくると私も元気を貰える気がするんですよ」
「そうですね、お孫さんが来た後のみすずさん確かに元気一杯ですもん」

ふふ、と小さく笑い声をあげた後看護士さんは他の看護士さんに呼ばれ席を立ちました。
独りぼっちになった病室には、館内放送が響くだけでゆっくりとした空気が流れます。始めは何人かいた病室はいつのまにか私一人になってしまいました。

暖かい日差しが、ぽかぽかと私の眠気を誘います。
今日はいつもよりも、なんだか眠たいのです。

ほら、また、ゆっくりと瞼が降りてきました。



「ほら、みすず着いたぞ起きろ」
「え、あ、はい」

さっきとは違う、看護士さんの声と違ってひどく懐かしい声に起こされ、私は目を覚ましました。
違和感はいくつかありました。私の声がやたら高く感じたのと、いつもと違って体が軽く感じたこと。
ぼんやりと霧掛かったような思考で、私は目の前に置かれたこの状況を考えます。

「ゆ、夢です、か?」

やっと絞り出した答えが一つ。しかし、それは次の言葉で簡単に打ち崩されました。

「何言ってんだ、みすず。引っ越すって言ったの忘れたのか」

そう言って私の頬を摘む人にゆっくりとピントを合わせると私は声にならない声をあげてしまいました。
だってその人は
「早くしないと、父ちゃん先に行くぞ」

そう、今は亡き父だったのですから。

「夢じゃない…」

先程、父に摘まれたのに私はまた頬を引っ張って確認します。


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