おやすみなさい-4
「マサは独りぼっちなんだよ」
59年前。
私はおばあちゃんにそう聞かされ、涙が止まらなかったのを憶えています。
マサも元は私同様都会に住んでいました。悪化する戦況に子供たちの疎開の話が出て、マサもその中の一人でした。
いってらっしゃい、と送り出したマサのお母さんが大怪我をした、と聞いた時マサはすでに疎開先であるこの村へと着いていました。
帰る、と泣き喚くマサに険しい山々に囲まれたこの村の道は険しく(だからこそ、疎開先に選ばれたのでしょうが)マサは結局、お母さんに会えぬままお母さんが亡くなったという手紙を受け取ったそうです。
悪いことは続くもので、その一ヵ月後には戦地に赴いていたマサの父の死の知らせがまた手紙でマサのもとに届きました。その後頼るべき親戚も、亡くし失意のまま迎えた終戦。
マサは戦災孤児として、行く当てもなく歩いていた所をおばあちゃんと出会い、そして家に引き取ったそうです。
「……どうしたのみっちゃん?」
急に押し黙った私の手をマサはギュッと掴んでくれました。マサの事を考えてた、なんて言える訳もなくマサのクリクリとした瞳に思わず涙が零れそうになってしまう瞬間
ゴーンゴーン
鈍い鐘の音が村中に響き、夕刻を伝えます。
気が付けば、周りの景色はほんのり夕日に染められて「ご飯だから帰ろう」と私の手を離さないマサと二人、オレンジ色の道を歩いて帰りました。
「あらあら、いつのまにか仲良しになってるね」
手を繋いで帰ってきた私達におばあちゃんは嬉しそうにそう言ったあとお風呂を勧めました。
「みっちゃん、一緒に入ろう」
マサに誘われて、二人で背中を流し合いながら、まだまだ話は尽きません。
お風呂の中で、指遊びをしていると、私は不意にマサの左手に残る細く縦に残る縫ったような傷跡に目がいきました。
「これ、学校の小屋の近くで花見てたら切ったんだ、でも傷格好いいだろ」
私の視線に気が付いたのか、えへへ、といたずらっ子のように笑って説明してくれました。
「村のお医者先生が治してくれたんだ。だから、俺将来お医者さんになるんだ。そしたら母ちゃんみたいな怪我した人治せるから」
一点の曇りのない瞳で語るマサ。マサの夢が叶わなかった事を知っている私は、そっか…としか答えることが出来ませんでした。
夕飯を食べ、マサを先に寝かせた後、おばあちゃんは「今」の私は知っているけれど、当時の私は知らないマサの境遇を語りました。
最後に「みすずちゃん来るの楽しみにしてたのよ、あの子。弟やと思って仲良くしてね」と笑いながら言って話は終わりました。
その言葉の通り、当時の私達はまるで姉弟のように仲良くなりました。勿論、今回だって仲良くなるつもりです。
まだ、原因はわかりません。
それどころか未だに夢のようです。けれど、私は現在から12の私へと戻ってきました。何故、とか現在の私はどうなっているのだろう、とかは考えますがそれよりも最優先に私は思うのです。
マサを助ける。
それは確固たる信念のように私の心に深く深く刻み付けられた誓い。
59年前の私が出来なかった事を、今遣り遂げるのだ、とそう思うのです。
「マサ、川に行きませんか?」
「いくいく!」