おやすみなさい-2
よくよく考えれば、私だってありえない状態です。
触っても皺のない顔に、張りのある手足はどうみても十代の頃の私。古希を過ぎた私が、なぜこんなことに…?
オーバーヒートを起こした頭では、もうまったくわけがわからないの一言で。
取り敢えず、と寝ていた荷台のような所から起き上がり周りを見渡しました。
サァアアア…
風が深緑の稲を揺らし、山々が覆うように大きくそびえ立ちます。静かな田園風景に、私は懐かしさを感じそして直ぐ思い出しました。
此処はきっと。
「おばあちゃんの家…」
そこは、私が4年間だけ暮らした小さな小さな農村でした。
「みすず!」
父の怒号が飛んできて、私は思わず条件反射の様に慌てて謝りながら後を走ってついていきました。
なぜ、とかどうして、と考える傍ら軽い体と懐かしい風景に思わず笑顔が零れます。
「よく来たね〜暑かったやろ」
思いっきり走った所為で、肩で息をする私に、おばあちゃんは目を細めて笑いかけます。
「今日ね、みすずちゃんが来るの楽しみにしてた子がおるよ、呼んでくるからまっとってね」
おばあちゃんはその後「おーい」と言って、廊下の奥に消えました。話から察するに、今日は私が初めておばあちゃん家に暮らすようになった日。
なら、きっと現われるのは…
知らぬ間に心臓の鼓動が早くなるのを感じました。
ギシッギシッ
廊下の軋む音がして、「あの子」の気配を感じます。
「ほらほら挨拶、マサ」
手を引かれ、少年が一人姿を出します。
「こんにちわ…マサです。」
いがぐり坊主頭に、日焼けした健康的な肌。自然と涙が出てきました。
まだ、夢なのでしょうか?
神様、夢なら醒まさないで下さい。
私は、長年切望した59年前に帰ることが出来たのですから。
「みっちゃんて呼んでいいか?」
私とマサは、いつまでも広がる畑道を歩いていました。
先程、鏡をみてやはり昔の私だわ、と唖然としていた所を村を案内してやるとマサが現われたからです。
「マサくんはいくつなんですか?」
「マサでいいよ。この間8歳になったんだ!」
私が何か聞くと、マサは笑顔で答えてくれます。
「あそこは学校!俺たちが通うとこだよ」
そう言って指した指の先には、木造の懐かしい校舎が建っていました。思わず、懐かしいと言ってしまいそうなのをグッと口を噤んで我慢します。
私は、今日、初めてこの村にやってきた。周りの人はそう思っているからです。
「あと……」
マサの声が急に低くなり、私は思わずマサを見つめました。マサはある一点をみつめ呟きました。