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circle sky
【青春 恋愛小説】

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circle sky-1

飛行機は空を飛び、僕は故郷を離れた。唯一の心残りは、バスルームで眠る恋人の事。

目の前には巨大な川がある。流れる水の音が辺りの雑音を消し去っている。結構長い道をふらりふらりと歩いてきた先に辿り着いた場所。僕は溜息をついて辺りを見渡す。視線を上げると、なかなか立派な橋がかかっているが、恐らくは、ここに辿り着く随分前に無数に枝分かれしていた道のどれかがそこに続いていたのだろう。ここからでは橋の入口へ行けそうもない。
僕は迷うが、今更引き返すには時間がかかり過ぎる。おまけに、一体どの道を進めばあの橋を渡れるのかも分からないし。
結局諦めて、僕はその川へ入ってみる事にした。深さはそれほどでもないが、果たして、渡り切るまでこのまま行くとも思えない。僕は不安をかかえたまま、とりあえず向こう岸へ向けて一歩を踏み出す事にする。

ピアスホールは0G。ストローも楽々突き抜ける。中学二年生の時に、安全ピンで開けたホールは、全部で六ヶ所。その内の一つを、僕は二年かけて拡張した。

「空が見える」ミキはその穴から見る景色が好きだった。
「もういいか?」僕は動きを止めたまま、ミキが飽きるのを待つ。
「まだダメ」
「お前、ほんと好きだよね」
「うん。好き。ジンちゃん大好き」
「いや、そうじゃなくて……」
「あ! あの雲ハート型だ!」
「別にそこから見なくたっていいじゃん」
「ダメなの。ここから見なきゃ」
「どうして?」
「だって、こんな穴開いてる人、この学校にいないし。アタシしか覗けないって事だもん。トクベツでしょ?」
「世界にはもっとでかい穴開いてる人いるよ、きっと」
「いるかも知れないけど、アタシはジンちゃんの穴がイイの!」
「なんか、エロいな」と僕は言ってみる。
「全然エロくない!」ミキはぴくりとも笑わず、僕から離れると、真剣なまなざしを向けて言う。
「ジンちゃん、他の人にこの景色、絶対見せちゃダメだからね!」
「そんなの見たがるのお前しかいないと思うけど…」
「いいから、返事は?」
「はいはい、分かりました」僕は半分飽きれて言う。そして、はずしていたピアスを取り付ける。
「それから、先生に怒られても、塞いじゃダメだよ」

事実一週間に一度は、生活指導の先生から、いいかげんピアスをやめろと言われていた。勿論、僕は素直に了解の意を示し、ピアスをはずす。無論、その時だけ。翌日にはちゃっかり僕の耳にはピアスが取り付けられる事になる。

だが、実を言えば僕がピアスを大切にしているのは、別に恋人の為ではなかった。上手く言えないけれど、それは僕が僕であるために必要なものだった。穴の空いたみみたぶに触れる時、僕は他の誰でもない、唯一の僕である事を確認する事が出来た。例えば、昔のミキが自分の手首を切る事によって、それを確認していたように。

ミキの話。彼女は一人暮らしをしている。バームクーヘンとアイスミルクが大好きで、バスルームで眠る。
「どうしてそんな所で寝なきゃならないの?」初めて彼女の家へ泊まった時、僕はごくごく自然な疑問を口にした。
「落ち着くから」彼女は簡潔に応える。
「ふうん」僕はそれについて、それ以上の言及は避けた。ヒトは寝室で眠らなきゃいけない、なんて決まりもない訳だし。
だから、僕は一度も彼女と一緒に眠った事がない。
セックスを終え、さてそろそろ眠ろうかという時、彼女は僕にキスの置き土産をして、例外なくバスルームへ移動した。それが常識であるかのように、なんのためらいもなく。迷いもなく。とても自然に。


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