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circle sky
【青春 恋愛小説】

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circle sky-2

「何が見える?」
僕はいつもの様にピアスをはずし、みみたぶをミキに預けていた。
「何も見えない」と彼女は言った。
「ハート型の雲は?」
「ない」
「小鳥は?」
「飛んでない」
「UFOは?」
「存在しない」ミキは溜息と共に言う。
「なんか、つまらなさそうだね」
「つまんない」
「どうして?」
「ジンちゃんがいなくなっちゃうから」
高校三年生の僕は、他県への就職が決まっていた。卒業と同時に僕はこの街を出ていかなければならない。僕らに残された時間は、後四か月。
「ミキも来たら?」
「行かない」
「どうして?」
「だって、ジンちゃんのアパートにお風呂ないんでしょ?」
「うん。共同」
「もう! 最悪!」
「一緒に布団で寝りゃいいじゃん」
「それは無理」
「どうして?」
「もう手首を切りたくないから」
真剣な表情でそう言われては、僕にはもう何一つ言葉は浮かばない。リストカットとバスルーム睡眠との間に何か関連性があるのかは謎だが、少なくとも彼女にとって、そこには深い繋がりがあるのだろう。

日々は、加速する訳でもなく、毎分同じペースで時を刻んでいった。
僕らは毎日をそれなりに尊重しながら、それでも特別な何かをする訳でもなく、やがてその日を迎えた。

一日だけ、ミキは駄々をこね、感情に任せて、大声を上げて泣き、僕を困らせた事があった。
「今日だけだから」と前置きをして、ジンちゃんの馬鹿と続き、不景気のアホ、と身近で就職先を見つける困難さを呪い、ジンちゃん、世界で一番大好き、と甘い言葉で終わった。僕はその間一度も喋らなかった。ミキは僕の言葉を必要としているのではなく、ただ、体温と、時間と。それから、受け入れたくない現実を置くスペースを、自分の心の中のどこかに探していただけで、それは僕にも分かっていた。

大丈夫。僕たちは別れないよ、も。いつか結婚しよう、も。いつだって僕らは一緒だよ、も。そんな言葉に意味はなくて。そんな戯言は一言もなく、僕らはただ純粋にお互いの「好き」を確認した。僕が大好きな君は僕を好き、とちゃんと思える様に。
そしてその日の夜、僕は初めてミキと一緒に眠った。抱き合って、体温を分けあって。やたらと狭いバスルームの中、二人きりで。

飛行機は空を飛び、僕は故郷を離れた。唯一の心残りは、バスルームで眠る恋人の事。

そして、辿り着いたのは巨大な川なのだった。その流れは、今までの僕を全否定しているように思えた。その冷たさは、僕までもを変えてしまう事を望んでいた。
僕は流れの急な川を必死に泳ぐ。もう随分泳いだ。しばらく、恋人の顔も見ていない。たまにする電話で聞く君の声だけが、僕をしっかりと支える浮力となる。
そうしている内、小さな岩礁があって、僕はそこを目指す事にする。
そこに辿り着いたら、少しだけ休もう。そうしたら、ミキに会いに行こう。そうしたら、君はなんて言うかな?

実は、あのピアスはもう無いんだ。川の流れが急過ぎて、すっかり流されてしまった。
川が冷たくて、それがひょっとしたら、僕を変えてしまったかも。
あの頃とはもう、色々と違っていて。僕はもう、僕だけの僕では無くて、どこにでもいる僕になってしまったんだ。僕は僕で居る意味を無くしてしまった。
僕はそれに気付いてしまった。特別なんかじゃないって事に。僕は他の、たくさんの中の、ほんの一つに過ぎなかったって事に。


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