第4話『素人ドッキリマル秘報復』-5
翌朝。 とぼとぼと校門をくぐる女子B。 靴箱の蓋には『死ね』『ゴミ』『援交牝』『酸素を吸う資格なし』など、罵詈雑言が油性マーカーで溢れていた。 中に入れておいた上靴には、お約束の画鋲だけではとどまらず、『お友達と仲良くしてね』と書いたメモと一緒に、ゴキブリの死骸が入っている。 女子Bは周囲を睨みつけ、中身を外に捨てて、口をギュッと結んで上靴を履いた。 教室に着く。 女子Bが『おはよう』と挨拶しても、誰も女子Bを見ようとしない。 仕方なく自分の机に向かうが、机の上には昨日の『投票用紙』が積まれていた。 『一番嫌いな生徒』の項目に自分の名前が記された用紙の山。 『存在そのものがうっとおしい』『キモい』『ウザい』『ひたすらキモイ』『他の追随を許さないウザさ』等々、どの用紙にも理由を書きこむ欄一杯に、女子Bへの悪口が溢れている。 女子Bは、カッとなったのだろう、机の上の紙を回りにまき散らした。 するとそれまで女子Bを無視していたクラスメイト全員が駆け寄って、女子Bを突き飛ばし、頬をひっぱたき、耳元で怒鳴る。 『ちゃんと読めよ』『自分のこと書いてくれてるんだろ』『反省もできねーのか』『このゴミ女が』、クラス全員が女子Bを囲み、蹲る女子Bに唾を吐いた。 『拾えよ。 全部拾って全部読め』『ちゃんと反省しなさいよ』『自分で自分のことくらい解れ』『読め、いいから読め』『読め』『読みなさい』『読めっつってんだろ』――いつしか手拍子が加わって『『よーめ、よーめ、よーめ』』の合唱だ。 女子Bの瞳は、さっきまでクラスメイトを睨んでいた、感情のこもった瞳でなくなっていた。 クラスメイトに人垣によって外部から遮断された、怯えるしかない小動物の瞳だ。 すでに正常な判断力が失われてしまっては、言われるがまま行動するよりほかはない。 女子Bは目の前に積まれた用紙を震える手で拡げ、自分に対する罵声を朗読した。 HR開始を告げるチャイムがなり、担任が教室に入ってくる。 『全員席につきなさい』 女子Bが担任を見る瞳は、救世主に望みをかけるように潤んでいた。 ただ、担任は女子Bの期待には応えない。 『――といっても、腹立ちが収まらない気持ちも分かります。 1人につきあと1回だけ許しますから、速やかに済ませるように』 男子が女子Bを再び立たせて羽交い絞めにする。 その場にいたクラスメイトたちは1列になり、順番に女子Bを叩いてから席に戻った。 或る者は平手打ち、或る者は鳩尾にグーパンチ、或は顔に痰をはき、或は頬っぺたをブルドッグする。 容赦なく攻撃される中、女子Bは押さえつけられたまま反抗する素振りすら見せない。 嵐が過ぎるのを待つかのように、大人しく暴力にされるがまま。 そんな女子Bを待っていたのは、『いい機会です。 HRが終わったら、1時間目は数学ですが、せっかくですから女子Bさんにこれからどうするか、これまでの自分をどう思っているのか、この場で学級裁判を開きましょう』 淡々と告げる担任だ。 『みなさん、宜しいですね?』、クラスに向かって語りかける。 呆然と立ち尽くす女子Bを除いた全員が、パラパラパラ、拍手でもって首肯を示す。
司会進行は委員長が務め、1限目を急遽振り替えての『女子Bがキモすぎる件』について学級裁判の運びとなった。
『たいして頭もよくないくせに、授業中堂々と寝るのがキモイ』
『体育の授業の度に生理だって嘘をついて、サボりまくってるのがキモイ』
『当然みたいにあたしの宿題を見せて貰いにくる、恥知らずなところがキモイ』
『口がクサくてキモイ』
『すぐ胸をよせて、自分のおっぱいを大きく見せようとするくせに、いざ見られると『変態』『変質者』扱いして、『信じられない』『マジありえない』みたいな反応するのがキモすぎる』
『スカートを折ってるくせに、すぐ貧乏ゆすりするから、キモいパンツが見えて吐き気がする』
『文化祭で有志のダンスを見たが、下品に腰を振ってばっかりでキモかった。 文化祭が台無し』
『一緒にご飯を食べようっていってくるんだけど、本当はキモいから食べたくない。 キモい顔で近づかないで』
クラスメイトが順番に女子Bを『キモい』と詰(なじ)る。 それに対してどう思うか、委員長が女子Bに感想を求めるが、『ごめんなさい……』『キモくてすいません』『もうしません……』女子Bは、ただただベソをかきながら謝り続ける。 クラスメイトの批判はエスカレートしていった。 やがて、
『いるだけで空気がキモくなる。 同じ部屋の空気を吸いたくない』
『いままでキモい思いをさせて、散々迷惑かけたんだから、反省してるなら今すぐいなくなって欲しい』
女子Bに究極の選択を迫る意見まで現れる。 流石に女子Bも絶句し、事の成り行きについていけず、口をパクパクさせるも、謝罪の言葉すら出てこなくなる。 助けを求めるように担任に視線を向けるも、担任は詰まらなそうに余所見しており、クラスメイトを含め誰一人自分に同情してくれる者はいない。 『キモい』『キモ過ぎる』『やばいくらいキモい』……ひっきりなしに浴びせられる罵声の中、女子Bは顔をあげることもできず、自分の爪先を見つめている。 そんな折、唐突に教室の後ろから声がした。