再会-3
「ごめんなさい、ちょっと用事があって…。今日はこのへんで…お先に。」
チーム内で年嵩の鈴木と佐藤が声をかけてきて、こちらの返事を待たずにそそくさと体育館を後にした。
「え?そんな時間?」言いながら時計を見るともう閉館の19:00に近付いていた。
人数が三人になったこともあり、
『今日の練習はここまでにしましょうか?』
亜沙美が声をかけ、練習はお開きになった。
残った三人でモップ掛けをしていると体育館に60代中盤から後半くらいだろうか、初老の男性が入ってきた。
「お疲れさん!今日はもうおしまいかね?」
男性は佐々木という体育館の用務員で、練習が終わるころに来ては掃除を手伝ってくれる気の優しいおじいさんだった。
「ええ、もうすぐ終わるのでもうちょっと待ってくださいね。」
亜沙美がモップを片付けながら笑顔で答えた。
先日、途中で練習を切り上げたことを思い出した私は、亜沙美ともう一人の水越に言った。
「この前、用事で掃除をしないで帰っちゃったから後の窓締めとカーテン引きは私がしておくわ。」
「え?だめですよ。悪いし。」
「いいのよ。私は年配者よ、お姉さんに甘えるときは甘えなさい。」
遠慮する一番年下の水越に私は笑いながら言い諭した。
初めて年長者らしいことをした私に初めは遠慮していた二人も最後は素直に
「じゃ、お先に!お疲れ様。」
労いの言葉を残して帰って行った。
階段を登り、窓を閉め、カーテンを引いていると汗の粒が再び顔を出す。
シャツの袖で汗を拭いながら全ての窓とカーテンを閉め終えるとどっと疲れた気がした。
コートに降りると佐々木がフローリングに1畳ほどのマットを並べようとしていたのを見かけ、
「どうかしました?」
「いやいや、明日、小学校がここ借りて使うんだよ。よいしょ!」
佐々木は答えながら、一生懸命に重いマットを敷き並べていた。
そんな姿を見ていると私は自然と身体が動き手伝っていた。
最後の1枚を敷き終えると佐々木は近くにおいていたペットボトルのお茶を渡してきた。
「ふぅ!ありがとう。よかったらどうぞ。」
私が受け取ると佐々木はもう一本のペットボトルを開け、マットに腰を下ろし、飲み始めた。
「疲れたでしょ?座って休憩したら?」
「ありがとうございます。頂きますね。」
私も少し離れてマットに腰を下ろし、ペットボトルに口を付けた。
佐々木はマットを撫でながら物思いにふけるように口を開いた。
「色んなものが変わったけど、このマットだけは変わらんね。昔から重いまんまだ。」
「そうですね。私の子供の頃も確かこんなでしたね。」
答える私に佐々木は語り始めた。
「儂はね、昔、中学の教師をしてたんだよ。40年間。
そのおかげで今もこういう仕事を何とか回して貰っとるわけ。
それにしても色んな子がおったよ。
やんちゃな奴、生意気な奴、内気な奴。」
「そうなんですね。だったら可愛い女の子もいたんでしょうね。」
少しからかい半分で相槌をうつ私に佐々木は続けた。
「そうだなぁ…。可愛い子も沢山おったなぁ。」
「今も覚えてる思い出の子とかもいたんですか?」
「そうだなぁ…何人かいるな…。
何という名前だったかなぁ…。
背が高くてな、黒髪のしゅっとした感じの子だったな…」
「へぇ。そういえば私も中学の頃、体育の先生のことが好きだったなぁ。
ラブレター書いたりして。フフフ。今思うと可愛いですよね。
佐々木さんもラブレーを貰ったことがあるんですか?」
「ラブレターね…貰ったよ。
勘違いしそうになりながらもよく踏みとどまり、何とか勤めを全う出来たもんだな。
我ながら。」
「へぇ〜。じゃ、理性を保つのが大変だったんですね?」
「それはそうさ。これでも儂も男だからな。ハハハ。
でも一度だけ、体育館で二人になったことがあってな。
今の我々のようにな。
あの時は心の中で逡巡したもんさ。
もう今はただのじいさんだけどな。」
「そんなことがあったんですね。
惜しいことをしまして残念でしたね。」
からかうような会話をしながらも佐々木は思考を巡らし、
「それにしても何と言ったかなぁ…あの子は…
たしか…
か…葛西…そう…思い出した葛西美佐子…
そうだ、葛西君だ。
よかったよかった。
儂もまだボケとらんね。」
佐々木が嬉しそうに言う横で私は驚きを隠せなかった。
そして思わず、質問した。
「それって…その葛西さんがいたのは何年位前ですか?」
「どれくらいかなぁ…20年くらい前だったかなぁ。
葛西君のことは覚えてるけど今は何をしとるんだろうかね。
幸せにしていればいいんだがね。」
「その時、先生が務めていた学校って香椎の中学ですか?」
「色々転々としたが、当時は香椎だったかなぁ。
葛西くんな…
…
それにしても葛西君はあんたにどことなく似とったなぁ。
葛西君もあんたみたいに綺麗になっとったらいいんだけどな。」