誘い-1
突然、武史のスマホが鳴りだした。
手に取ると、画面に、“イトウ監督”と表示されている。イトウ監督とは、武史たちがアルバイトで手伝っているAVのDVD製作の監督だった。
訝しげな顔をした武史はスマホに出た。
「あっ、武ちゃん、俺っ!」
馴れ馴れしい声が聞こえる。何か嫌な予感がした。
「ああっ、監督ですか。……なんでしょう?」
「幹ちゃんに聞いたよ。
いい女、……手に入れたんだって?」
思わず、幹哉を睨んだ。
幹哉は両手を合わせて拝みながら、すまなそうなポーズを取っている。
「そんなことありませんよ」
「隠したって、ダメダメ。しっかり、情報は入ってるんだから……。
武ちゃんの目は肥えているんだから……きっといい女、しかも人妻なんだろうな」
「いやいや……」
「これから、そっちに行くから。……その女をちょっと見せてもらうから……」
「えっ」
「今、武ちゃんの家の前まで来てるんだ。……ねぇ、どこに行ったらいいのかな?教えてよ」
「えええっ……?」
「ああっ……ここの家だな?
幹ちゃんのチャリが止めてある。
じゃぁ、ちょっとお邪魔するよ」
そう言い放つと、スマホが切れた。
「おい、幹哉ぁ!……どういうことだ」
「ごめん、さっき、偶然会っちゃったんだ。
それで、いろいろ聞かれちゃってさぁ……」
「どうするんだよ、監督なんて……」
ピンポン!
ピンポン!ピンポン!
ドンドン!ドンドン!
ピンポン!ピンポン!
玄関のドアを叩く音とともに、外から大声が聞こえてくる。
「幹哉っ!行ってなんとかしてこいよ。……とにかく、おまえの責任だぞ」
幹哉は渋々玄関に向かった。
玄関のキーが開く音が聞こえ、ドアが開いたようだ。
すぐさま、ドカドカという足音と騒がしい声と共に部屋に踏み込んできた。
監督のイトウと、カメラ係のテットと照明係のケンジとメイク兼脚本係のケイコの四人だった、女はケイコだけだった。
「何なの?……この人たち?」
動けない身体の美紀子が不安そうな声を上げた。
「ヒョォーッ!
武ちゃん。お楽しみのまっ最中だったのね?」
ちょうど仰向けにされたまま、テープで動けなくなっている美紀子を見て、監督のイトウが嬉々とした声で武史に向かって言った。
美紀子の目は落ち着きなく動き、恐怖に満ちているのがわかる。
四人は美紀子を取り囲んでいたが、監督が、美紀子の側にしゃがんだ。
「奥さん、もう大丈夫だよ。
俺たちが来たからには。.……すぐ助けるからね。辛かったでしょう。
ほれ、おまえ達。……すぐに奥さんを解いてっ!」
正義の味方のように美紀子の声をかけた。
ケンジとケイコがプラスチックテープを外しにかかった。
「奥さん。怖かったでしょう。もう大丈夫。
さぁ、ケンジ、悪さをした武史と幹哉の二人を外へ出して」
ケイコが美紀子に手を添えて身体を起こした。
美紀子はテープの跡を揉んでいる。
ケンジは武史と幹哉を小突きながら玄関の外に連れ出していった。
「さぁ、奥さん。もう安心だよ。あの二人はいなくなったからね。
とりあえず、服を着てっ!
ケイコ!おまえも手伝って差し上げて。
ほれ、テットっ!おまえもボウッとしてないで、サッサとあの犬を外へ連れ出して!
それから、あれをっ!」
イトウはカメラの用意をするようにテットに指示したのだ。
テットは言われるまま、犬のジュンも外に連れ出した。そして、クルマからカメラを降ろして、撮影の準備に入ったのだ。
ケイコと美紀子は二階の部屋へ向かった。
そのとき、ケイコはチラッと振り向き、上手くいきそうね、とイトウと目で合図した。
イトウは、放り出してあったパソコンの画面を見て、ハハンと呟いた。そして、思いがけず簡単に撮影用の女を手に入れることができたことに含み笑いをして喜んだ。