第17話 研修、調理器具として-2
『学園』を卒業後に、或は入校規定を在学中に満たした上で自主的に中退し、入学する上位教育施設を『専門学校』という。 経緯はどうであれ、それなりに優秀な学生でなければ入学を認められることはない。 ゆえに指導員ともなれば、軒並みBランクの社会人が務めている。 つまりこの指導的立場にいる女性陣は、今現在少女達がぶつかっている壁を過去に突破し、時に昇華して現在のポジションまで到達したといえるだろう。 自分達が通った道を他人にも通らせているだけなのだから、良心の呵責に類するものは存在しない。 自分が我慢できたことが少女たちに耐えられない筈はないし、だとすれば少女を道具として使用することに、躊躇う理由は見当たらなかった。
「いい『道具』のお蔭で講義もはかどっているみたいよ。 動かないし、喋らないし、柔らかいし。 貴方の生徒たち、よく躾けてあるじゃない」
29番たちの様子を見に来た8号教官が、廊下の窓を通して研修室内の雰囲気を眺めていると、後ろから声をかけられた。 驚いて振り返ると『調理師専門学校』の女史がいた。 胸には【BZD1884】とかかれたネームプレートを下げている。 服装や雰囲気からして、専門学校の中でもそれなりに格が上のように思われて、【8号】は深々と首を垂れた。
「お褒めにあずかりまして」
「最近の子って、ウチの学生はもちろんだけど、指示待ちタイプばっかりなの。 一から十まで教えなきゃならないっていうか、想像力が欠如してるというか」
「同感です。 受け身な人間が増えたように思います。 我々自身を顧みて、ですが」
「謙遜はそのくらいにしなさい。 正直いって、その点、貴方の所の生徒は凄くいいわよ。 一々驚いたり逆らったりしないし、さっきはイカだったけど、あの【22番】なんて、一番初めに生の海鼠(なまこ)を一口に呑みくだしたんだから。 少しは動揺してくれると期待してたのに、顔色一つ変えないんだから、こっちが驚いちゃったわよ。 海鼠よ、ナマコ。 身体に毒じゃないにしても、丸呑みなんて、中々出来ることじゃないって思わない? 比べてもしょうがないけれど……ウチの学生じゃああはいかないでしょうねぇ」
【BZD】女史は、ほう、とため息をついた。
「調理技術はそれなりに鍛えてるつもりだけど、牝性は別物だから。 ウチの生徒には指示通り動くことは出来ても、自分が『モノ』だってことに、心の底で納得できてる子はいない。 自分は特別で、いつか前世紀的な幸せが訪れるみたいに夢をみてる。 『モノ』として生きる中にこそ牝のレーゾンデートルがあるっていう現実を、頑なに認めようとしない。 つまり、なんていうか……本質的に甘いのよねぇ」
誰に言うともなく呟く女史。 【8号】は身分の関係上、口を挟まずに聞き役に徹していた。
「ところで、あの子たちって、学園的にはどうなのかしら」
「どう……といいますと」
おずおずと反問する【8号】。
「学園の中では優秀な方か、それとも普通かってことよ。 彼女たちだけが生徒じゃないんでしょう? 私が在学してた頃は、1学年につき200人はいたもの。 他の生徒と比べて牝性は高い方なのかしら、って聞いてるの。 それくらい文脈から解るでしょうに……いわせないで」
「し、失礼しました。 そうですね……」
慌てて直角に腰をおって詫びると、【8号】はしばし考える。 【2番】、【22番】、【29番】……この3人は個性は違えど、3人とも優秀な部類だ。 【2番】の向上心、【22番】の協調、【29番】の身体能力は、どれも学年トップクラスに属する。 それに、Cグループ生2組は全体的に自主性が高い。 最初の一週間で限界まで追い詰められたせいか、学園が課すハードルに物怖じする風が少ない気がする。
彼女たちが優秀かどうか。 客観的基準ではCグループ1組に及ばないものの、【8号】にとって2組の子供たちは平均的な存在では決してない。
「……きわめて優秀な部類、と個人的には考えています」
「ふぅん……」
それを聞くと、女史は数度小さく頷いた。