一瞬の違和感-1
友美が教室に戻った時は、まだ先生が来ていなかった。
始業ベルはすでに鳴り終えていたので、みんなは自分の席についてはいるけど、好き勝手におしゃべりをしている、そんな状態。
さっきまでは身体の疼きが収まらなくて、授業も遅れて行けばいいとすら思っていたけど、一度イッてその熱が冷めてくると、間に合ったことに安堵を覚える。
学校でまでオナニーするなんて、あたし、いよいよヤバいかな。
そんなことを思いながら、友美はギイッと椅子を引いて腰を下ろした。
すると、隣の席の飛坂健太(とびさかけんた)が待ってましたと言わんばかりに、ノートを広げながら友美に話し掛けてくる。
「相馬〜、今日の予習分、写させて?」
人懐っこい笑顔でお願いしてくるけれど、友美は飛坂と目も合わせずに、
「ヤダ」
と、一刀両断した。
それもそのはず、この飛坂はいつも宿題や予習を家でやってきた試しがなく、隣の席になってからというもの、毎度ノートを写させてやるという流れに、友美はうんざりしていたのである。
だけどその一方で、飛坂があのいつもの間抜けな顔をしているのだと思うと、勝手に笑いが込み上げてくる。
「お、お前……鬼だな……」
友美がようやく飛坂の方を見れば、案の定大きな口をポカンと開けた間抜け顔。
予想通りの表情に、友美は小さく噴き出した。
「予習してこない方が悪いんでしょう? いつもいつもあたしのことアテにしないでくれる?」
「だって、俺、部活……」
そう言って、飛坂は野球部らしい涼し気な坊主頭を撫でた。
細身で小柄な体躯のせいか、まだまだあどけなさ残る彼にしょんぼり俯かれると、まるでいじめてしまったかのような気がして、ちょっぴり胸が痛む友美。
間違ったことを言ったわけじゃないのに、申し訳ない気持ちになるのは、飛坂の子犬のような瞳のせいかもしれない。
クリクリした丸っこい目を伏せてしょんぼりしている様子は、まるでいたずらして叱られた子犬さながらで。
そんな彼を見てると、友美は結局。
「……すぐ返してよ」
と、ノートを渡してしまうのだった。
「いいのか!?」
途端に飛坂の顔がパアッと明るくなる。
うん、やっぱり犬っぽい。苦笑いになりながら、友美はそう思った。