訃と夫と婦-4
『旦那を生かすも殺すもあなた次第よ』母から言われた言葉を思い出した。父の『男を立ててやれ』という言葉も思い出した。このご時世に何よ、古臭い考え。今は男も女も無いんだからと、当時は鼻で笑っていた言葉が、シングルマザーとして生きていく厳しい日々の中でズシンと心に響いた。
豊川も、決して女性を卑下していたわけでもなく、逆に当時では珍しく女性進出に積極的で、会社でも女性営業マンや、女性管理職にも大きな理解を示していた。
妻である自分に対しても、専業主婦になんてならなくていいと、いつも言っていたし、自分がやりたいピアノ講師も喜んで後押ししてくれていた。
それが、自分の未熟さから大事になってしまった。更に自分も男に逃げた。男に逃げたことを夫のせいにした。
離婚話もほとんど成り行き、勢いで進め、互いの心の本音を吐き出したとは到底言えない内容だった。
『もっと真剣に、自分の気持ちをぶつけていたら・・・・・・』、もしかしたら違う結果になっていたんじゃないかと離婚に対する心の葛藤があって、そのことを後悔する日々が続いていた。
そしていつしか、一度しっかり豊川とあの日のことについて話をしなければならないと思うようになっていた。5年以上も前のけじめを、どこかでつけなくてはと思う気持ちが募ってはいたが、自分から連絡することは出来ず、心の中でくすぶり続けていた。
父が豊川との復縁を望んでいたことは、薄々気づいてはいた。父に自分の気持ちを素直にぶつけていれば、父のことだ力を貸してくれたに違いない。だとしたら今日現在、状況は変わっていたかもしれない。
結局は、今日の今日まで自分からは言い出すことが出来ず、頼みの綱だと思っていた父も急逝してしまった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、父はビッグチャンスを残していってくれた。
だから、母に送ってもらえと言われた時、チャンスが来たと思った。そんな状況でも、自分のプライドが邪魔をした。素直に言葉に出来ない自分が嫌になったが、まだチャンスは逃げていない。自分の気持ちをキチンと整理するためには、自分の本音を晒す以外にない。そして、そのチャンスは目の前にある。
別に寄りを戻そうとか、もう一度やり直したいとか、そこまでは考えていない。当時の女とまだ続いている可能性もあるし、別の女性と上手くいっている可能性もある。今の所再婚したとは聞いていないから、戸籍上は独り身のはずだが、内縁的なのかどうかはわからない。もしそうであったとしても、豊川の内情にまで踏み込んでいくつもりは毛頭なかった。
ただ、自分の気持ちを整理したいのだ。ここまで来て、また自分勝手だと思われるかもしれないが、それが大きなけじめであると思っていた。
が、『自分はまだ豊川晃彦を求めている』。望未は、豊川に強引に抱きしめられ、唇を奪われた瞬間、そう思った。
豊川は、望未の抵抗に我に返った。嫌がる元嫁を見て、心底嫌われているのだと痛感した。それなのに、力で抑えこもうとしていた自分が恥ずかしい。
さっきまではまんざらでもない雰囲気だったのに・・・とこれまた自分勝手に盛り上がっていたのかと思うと、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。
それ以上に、望未を傷つけてしまったこと、それが原因で元の生活には恐らく戻れないであろうこと、つまり菜緒の淡い願いは自分の欲望によって、脆くも崩れ落ちてしまったと思った。
「ごめん・・・・・・悪かった」
力無く望未の身体から離れる豊川。罪悪感が心の中に蔓延している。
が、しかし、離れたかと思った望未が逆に自分から抱き着き、豊川の唇に吸い付いてきた。
想定外の事態に、豊川は驚くとともにどう対処したらよいか軽くパニクった。
(わ、わ、どうなってんだ!?)
頭の中がこんがらかっている間にも、望未の舌が豊川の口腔内に侵入し、舌を探し求めるように動き回る。
「ちょ、ちょっと望未。急にどうしたんだよ」
豊川は、自分から欲望をぶつけていたにもかかわらず、望未から積極的に動かれると、タジタジになってしまっていた。豹変した望未にどのように応じれば良いのか。
そんな豊川には目もくれず、望未は豊川の唇を吸い続けた。逆襲した直後の豊川は、固辞するかのような姿勢を見せたが、徐々に望未の求愛を受け入れ、望未の舌を追いかけるように動かし始めた。
互いの気持ちを確かめることはしなかったが、相手を求めあう熱が伝わってくることを感じずにはいられないほどの抱擁だった。
ベロベロと互いの舌をこねくり回すよう執拗に絡め合う。しつこいくらいに舌を吸い合うと、豊川は望未の腰に回していた手をヒップに回し、ゆっくりと撫でまわした。
腰回りの肉付きが良くなり、ボリュームが増したヒップは、弾力には乏しいけれど、予想以上に柔らかかった。
「はぁん」
抱き合い、キスという軽いスキンシップ段階から、性的なスキンシップに移り始めると、望未は甘い声を発しながら豊川にきつく抱き着いた。
ここまでくれば、拒否されていることはまず無い。寧ろ、望未の方から求めてるのではないかと思えるほどだ。豊川は望未を抱きしめながら思った。
豊川は、ヒップから太腿をじっくりと撫で回す。望未はカラダを捩らせ、豊川に擦り寄る。その手を下半身にもっていき、秘部を優しく触った。
「あんっ」
ビクンと反応する望未。厚みのある素材の上からでも感じてしまうのは、直接的な刺激よりも精神的な感じ方が強いのだろう。
右手を胸元にもっていき、ゆっくり、ゆっくりと揉みあげる。
「あぁぁぁっ」
低くくぐもった喘ぎ声。感じていることを悟られないようにしているかのよう。
だが、そんな小さな抵抗も、乳首付近を中心に弄られると、我慢できるはずもなく、大きな声が漏れ始める。
「はぁぁぁっ」
二人はもつれ合うようにリビングのソファーに倒れ込んだ。