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ロッカーの中の秘密の恋
【教師 官能小説】

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眠る恋の話 2-1

 自分は人に語るほど文学的な人生など歩んできてはいない。いつも絶えず何かに集中してきただけで、その最中には散々葛藤があるのにもかかわらず、終わるころにはすっかり忘れて、また新しい対象に没頭してしまう。ともすると、前回の成果やその後のことには
無関心になっているときすらある。
 そういう人間に真理子が愛想を尽かすのも当然だ。彼女にだって没頭していたのだ。そして、その対象だった彼女は、僕が集中力を発揮しなくなったその瞬間をはっきりと気がついて見逃さなかったにちがいない。ここを出て行くまでの時間、そのことがいついかなるときもずっと彼女をいたぶり続けていたんだろう、と想像できるようになったのは僕が年を取ったからなのか、それとも、夏目という新しい興味の対象をもったからなのか。


「結婚したのは学生のときだよ。僕が大学院のときだな。」
とっくに日がくれているのに、電気もつけないままでいる。脇に引き寄せた夏目が見上げている。そういえば今の夏目くらいの年だということになる。
昔は、恋愛の行き着く先が必ず結婚なのだと、思い込んでいた。真理子の両親にはひどく心配させた。何せ、学生で稼ぎもない癖に結婚とのたまうのだ。結局、僕の両親が生活の面倒を見ると約束して、納得してもらった。そう両親に言わせたほど僕は彼女となんとしても結婚したかったわけだ。
 彼女は若くて快活で美しく、ピアノの才能があって、そのころ通っていた音大をやめて留学するといっていたのを引き止めて、僕の奥さんにしてしまった。
「前はこのカウチがある場所にグランドピアノが置いてあったんだ。真理子が毎日練習してた。」
ブラームスのある曲のパッセージが頭に浮かんでいる。昔、真理子がよく弾いていたものだ。何だったかな、と思うけどたずねる相手はそばにいる夏目ではない。
「彼女は一度妊娠した。でも、うまく育たなくて流産した。」
当時、真理子はそのことにひどく落胆し、悲しんでいた。妊娠したと言われたときも、ぴんと来ず、その数週間後に流産したと言われたときも同じだった僕は彼女に随分冷たい男に映ったことは確かだ。
 ある真夜中、彼女のすすり泣きで目が覚めたことがあった。僕は、彼女を引き寄せて何か言おうとしたけれど、うまく言葉が見つからなかった。
「あなたにはこういう夜はきっとないんでしょうね。それどころか、いつかこのことも忘れてしまうんでしょう。」
彼女はそう言って再び背を向けてベッドの端に行ってしまった。
そんなことないよ、と言ったと思う。でも実際、その何年もあとに彼女が離婚を切り出したとき、もう一度、流産のことを話しだしたことに驚いたのだから、実際は軽薄に忘れていたに近い。
「先生は子供がほしくなかったんですか。」
夏目は僕の腕から抜けて、テーブルの上にある、冷め切った紅茶に手を伸ばす。
「そういうわけじゃないよ。でもどうしてもほしいって思ってたわけでもなかった。
ただ、真理子にとっては違って、その事に僕は無神経だったと思う。」
紅茶を飲む夏目の喉元を見ていた。何か目を見ることが憚られる様な後ろめたさを感じる。自分のうまくいかず未だに処理できていない過去の話だ。
「私にはなにもないの。子供は流産したし、あなたは研究のことばっかり。せめて留学しなかった後悔を取り戻したい。」
三年前、彼女はそういって離婚届を置いてヨーロッパに行ってしまった。


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