館内ツアーの始まり……-1
北関東のとある温泉地、名湯というほどではないが旅館やホテルは数十軒はあり、二十年前には別荘ブームで賑わったりもした所謂「ひなびた温泉」といった感じである。
賑わいし頃に建てられた小さな美術館や博物館、といってもトリックアートやクラシックカーなど、全国に幾つも乱立したような、そんなものがいくつかあり、今も何とか残っているだけだ。
その中で、中心地から少し離れたところに一際怪しい建物がある。
中世のお城のイメージをベースに、訳の分からないオブジェがいくつもあり、それらは、男性器だったり女性器だったり、はたまた乳房だったりと、それぞれ似せて作られていて、薄汚れた黄色の看板に赤字で「秘宝館」と書かれた看板が立っている。
「ここかぁ〜、思ったよりも遠かったね、美来(みく)」
「もう、彩子も好きだねぇ、コレ系……」
小さなレンタカーから二人の女性が降りる。
一人はスキニージーンズにダウンジャケット姿で、髪は黒のショートカット、ボーイッシュな雰囲気で年齢は三十歳半ばといったところだが、見た目はかなり若く見え、背はあまり高くないがスリムな体型で小ぶりなヒップがピッタリとしたパンツ姿に浮き出ている。
もう一人は膝下よりもかなり長いロングスカートにブルゾン姿で、髪は茶髪のセミロング、こちらも三十歳半ばだが、より大人の雰囲気を持ち、少し濃いめのメイクは色気を醸し出している。
「千二百円? 結構取るなぁ〜」
「ここまで来たら、もういいよ、彩子、早く券買って入ろうよ……」
スキニージーンズの女性は彩子、三十六歳の独身OLだ。
メーカー系大手企業の一般職で、同僚の美来(みく)は三十四歳、こちらも独身で、二人は国内・海外問わずよく一緒に旅行している仲だ。
もうすぐ本格的に冬が訪れる十一月下旬、二人は有給休暇を取って温泉めぐりに訪れた。
「美来、ここの秘宝館って凄いんだよぉ〜、館内ツアーが超面白いんだって!」
「最近、増えたよね〜、そういう秘宝館……、ちょっとした流行りだね……」
「群馬の秘宝館も面白かったよねぇ〜、あそこ以上かな? 期待しちゃうね」
券売所には五十代のおばさんが一人座っている。
「お二人で二千四百円になります……、館内ツアーは十五分後ですので、それまでロビーの展示物をご覧になっていてください……」
「あっ、ラッキー、平日は一日三回しかないんだよね、館内ツアー」
「えぇ〜、彩子、調べて来たんじゃないの?」
「へへっ、時間までは忘れちゃった……」
「もうっ!」
「あらあら……、今日最後の回ですよ、よかったですねぇ。あっ、おトイレは済ませておいてくださいね。うちの館内ツアーは一時間以上はかかりますので、特に最後の回は長くなりがちなんですよ……」
「えっ〜、そんなに長いんですか! 楽しみですぅ〜」
彩子は子どもみたいにはしゃいでいる。
二十代の頃は秘宝館なんて言葉も聞いたことがなかった彩子だが、美来と一緒に国内を旅行していくうちに、いくつかの秘宝館を巡り、その不思議な世界観がけっこう好きになっていた。
「あっ、お客さまぁ〜、あと、これにサインをお願いします」
「えっ? これは?」
「うちの館内ツアーは少しだけお客様に体験とかして頂くんで、その承諾書になります。まあ、細かく書いてありますが、よくアメリカのお化け屋敷や、あっ、最近はUSJのハロウィンのアトラクションでもありましたね、そんなものです。危険は全くないので安心してください。まっ、書いても書かなくてもいいんですが、一応お願いしておりまして……」
「あっ! こないだ行ってきましたよ、USJのトラ●マ、あれ本当にヤバかったですよぉ〜、そこでも書きました、承諾書……」
「あら、羨やましい……、あのアトラクション、私も行ってみたいんですよ」
「ネタバレ厳禁ってやつですね。ここも一緒なんですね!」
「そうなんですよ、今はネットですぐに広まってしまいますから……」
「大丈夫です、あたしたちSNSとかやってないんで、あっ、でも署名しますよ!」
「すみませんねぇ、ご面倒お掛けして……、こちら、ペンになります」
「ありがとうございます、……っと、書きましたっ」
「わたしも、……っと、書いたわ」
「ありがとうございます、では、あちらでお待ちください」