逆転-3
「夏純、いいか」
「ええっ」
この二言が、動きの最後であることが、尚代にはわかった。
目を開けると、男が夏純に覆い被さっていた。そして、夏純の両手がしっかりと男の背中を掴んでいた。
両脚が男の腰に巻き付いて、離れないように足首が組まれていた。
男は射精の真っ最中なのか、妖しい息づかいで、身体全体を間欠的に夏純に押しつけていた。そのたびに二人の股間が上下に動いていた。
(今だわっ!)
尚代は素早く立ち上がり、ベッドに飛び乗った。そして、右足の甲を、つながっている股間めがけて振り上げた。
尚代の右足は、見事に男の玉袋と竿の根元を蹴り上げた。
「ぐげぇ……」
男が潰れた声をあげた。咄嗟のことに、何が起こったかわからなかったようだ。
「ああっ……いつつつぅぅ」
夏純に抱きついたまま、股間の痛みに悶絶していた。
夏純も絶頂の余韻で自分の世界をさまよっていて、男にしっかりしがみついていた。
男にしてみれば、メスに抱きついて、天国のような世界に浸っていたのが、突然、股間の激しい痛みで地獄に落ちていったのだ。
まさか、尚代に蹴り上げられるとは思わなかった。
「苦しめっ!……悶えろっ!……」
尚代は、吠えた。怒りを込めて、二度三度と蹴り上げた。
幸か不幸か、男の長大な屹立は夏純の肉壺に嵌まったままだった。玉袋は打たれるに任せたままだった。
「くそぉぉ……」
痛みをこらえて、男がナイフを振りかざして、起き上がろうとしたときだった。
「いたたたたたっ……」
男が叫んだ。別の痛みが男を襲ったのだ。
夏純が突然の出来事で、膣痙攣を起こしたのだった。
夏純の意志とは関係なく男の屹立を、ちぎらんばかりに締め付けていた。あまりの痛みにナイフが手から落ちた。
「おねえちゃん、さすが……そのまま」
尚代はナイフを取り上げ、スマホを手に取り、警察に連絡をした。
夏の午後、尚代の家の前にはパトカー数台と救急車が停まっていた。近所の野次馬が集まり、騒然としていた。内容が内容だけに報道関係のレポーターの姿も見えていた。
やがて、ブルーシートで囲われた男と夏純の二人が救急車で運ばれていった。膣痙攣が納まらず、つながったまま運ばれていったようだ。
つぎに尚代もストレッチャーに乗せられて、救急搬送されていった。
あわてて九州から戻ってきた尚代の夫の浩二は、家の中の状態をみて驚いて声も出なかった。
玄関を開けると、異様な匂いが鼻をついた。そして家中に土足の跡がたくさんあり、水たまりのようなものが点在していた。
一階のリビングにはベッドマットが放り投げてあった。近寄るまでもなく、尿臭が立ちこめていた。
二階の寝室には、男と女の情交の匂いが立ちこめていた。ひとつ残ったベッドマットも、様々な色のシミがついていた。
ウォークインクローゼットに入ると、衣類が散乱し、天井のパイプからは瘤のついた綿ロープが下がって、パイプ自体が大きく曲がっていた。
ベランダに出てみると、テーブルやデッキチェアの下には、雨以外の水たまりができていて、異臭を発していた。
一番ひどかったのが浴室だった。床から壁面全体に茶褐色の塊がこびりついていた。浴槽も糞尿のたまり場となって排水口が詰まっていた。
ひどい有様に声も出なかった。
<尚代 完>