負の『一期一会』-1
大都市のマンションの一室。つい立てで仕切られた机ひとつのせまい部屋の中で、男はスマホに話しかけていた。
「……もしもし、我々は国の機関の危険サイバー監視機構と申します。あの、ゴンベエさまは こちらのご主人さまでしょうか? そうですか。
あの〜 先日摘発しました 違法アダルトサイトの名簿を捜査しておりましたら、ゴンベエさまが児童ポルノの動画をダウンロードしたことがわかったんです。
ええ…。今は児童ポルノはそういう履歴があるだけで、警察に逮捕される危険があるんです。
ただ、警察がこの事案に介入する前に 我々の権限で名簿からゴンベエさまのお名前を削除する事が出来るんです。
詳しくは 我々の顧問の弁護士からお伝えしますので、一度通話を切りますので しばらくお待ちください。」
男はスマホを切ると、隣の仕切りの中にいる某にメモを渡した。
「弁護士、こいつ イケる。」
某は弁護士ではない。そもそもここは 男が名乗った国の機関などではない。いわゆる特殊詐欺の本拠である。一人の「大佐」と呼ばれる男性のもとで、互いに素性を知らぬ十人ほどの連中が、名簿と手引き書を前に ひたすらスマホで呼びかけ「ありもしない話」にひっかかる獲物を狙っているのだ。
男は名簿から次の獲物にスマホをつないだ。
「……もしもし、我々は国の機関の危険サイバー監視機構と申します。あの〜、デンベエさまでいらっしゃいますか? あの、先日我々が摘発しました違法アダルトサイトの名簿を捜査しておりましたら、デンベエさまが児童ポルノをダウンロードされたことになっているんです。……覚えがない。 しかしいまは、こうした履歴があるだけで、デンベエさまが警察に逮捕される危険があるんです。…」
スマホのむこうで、デンベエが言った。
「それで、タコサクさん。私はどうすればいいんですかね〜。」
男は、
「はい……え?」
言葉をうしなって、あわててスマホを切った。
(やべ、俺 今の野郎にうっかり自分の本名を口走ったのかな。)
男は気をとり直して、別の獲物に また別の獲物にとスマホをつないだ。次々と同じ文言を唱えているうちに、
ブルッ、ブルブルブル ブルッ、ブルブルブル
男の胸ポケットで、男のスマホが震えた。取り出して見ると画面に、
『 着信 父 』
の文字が見えた。