負の『一期一会』-3
まだお昼前なのだが、たそがれのように陰気な曇り空だった。
男は電車で「通勤」していたため、タクシーで幼稚園に向かった。車内でスマホに次々と、妻からの短いメッセージが届いてきた。
『幼稚園で発砲事件があった』
『カエデは無事 ケガ人はいない』
『近くの公園でみんな待っている』
幼稚園のある区画に近づくと、そこには放送局の中継車が陣取り、墨色の空に反射しそうなほど 警察車両の赤い光が群がっていた。タクシーでは進めなくなり、男は駆け足で公園に向かった。
公園は規制線がはられていた。男の進入を拒む警官に、
「関係者です。タコサクカエデの父親です。」
と何度も叫んでいると、向こうから 顔を知る男性保育士が、
「あ、カエデちゃんのお父さん！」
と駆けよってきて、ようやく中に入ることが出来た。
「カエデちゃんは大丈夫です。そこでお母さんと待っています。」
保育士はそう言ったが、
「パパ〜」「カエデ〜ッ！」
娘を抱きあげるまでは、男は安心できなかった。
「腹立つわぁ… ムチャしよるで。」
娘を抱きしめる男に妻が話しかけた。
「……幼稚園の人が、変な男が門の近くにおるから声をかけたら、いきなり玄関のガラス戸に向けてピストルを撃ったんやて。ガラス戸メチャメチャひびが入っとったわ。」
「ほんと……ムチャするやつだね。」
男はそう言いながら、それがあのスマホの男なのか、あの男だとしたら なぜ自分のこと娘のことを知っているのか、そして知っていたにしても なぜこんな無謀な真似をしたのか、頭の中に疑問と不安がぐるぐると絡んでいた。
だが、男がもっとも苦しいのは その疑問と不安を誰にも言えないことだった。
（特殊詐欺の片棒をかつぐ俺が被害者ヅラして ものが言えるだろうか……）
「あ！ あ！ あ！…… あ！ あ！ あ！」
公園に拡声器の声が響いた。すべり台の上にスーツ姿の男が立っていた。
「皆様、こんな所から失礼いたします。園長であります。本日は大変なご心配をおかけして 申し訳ありません。
こんな無謀な行為をされる心当たりがなく、私たちは戸惑っています。
不幸中のさいわい、園児にも保育士職員にもケガはなく、ご家族みなさんに無事お迎えをいただいたので、本日はここでご帰宅いただきますようお願いいたします。
なにぶんにも このような状況ですので 今週いっぱい、園は休園といたします。後日このたびの出来事について、ご説明の場を持ちたいと思っております。」
男は妻と娘を乗せて、帰りの車を走らせた。後ろのチャイルドシートで眠る娘の手を、妻は握りしめていた。
「ねえ、」妻が言った。「カナメくんは、何で幼稚園の事件を知ったん？」
「え？」
「だって、私が電話したら『カエデに何かあったのか？』って聞いたやろ。まだニュースになっとらへんのに、なんか知っとったんかな、と思って。」
男はハンドルを持つ手が汗ばんだ。
「いや、仕事してて、ちょっと胸騒ぎがして……」