28.うんちマスター-1
検査に次ぐ検査の日々は、翌日の早朝検査に備えて給餌ポンプを箝口具にセットされ、延々と流れ込む流動食で幕を閉じるのが『ぶりぶりマスター』を目指す少女たちの日課になる。 ところがこの日、検査を終えた少女たちに対する『夕食』はなかった。 全て出し切った空っぽのお腹のまま、少女たちは翌朝を迎えることになる。
夜。 いよいよ最後の検査を翌朝に控え、一通り準備を終えた検査役の2人。 ベッドに横たわり、おそらく全検査で一番忙しくなるであろう明日に向け身体を休めている。
ひなこと和美の会話。
「1つ質問してもいいです?」
「構わないよ。 どうぞ」
「今更なんですけど……『ぶりぶりマスター』って何なんでしょうか?」
「なァんだ。 改まってどうしたのって思ったら、そんなことか」
「すいません。 ひなこ、実は全然分かってないんです」
「それでいいんじゃない? ぶっちゃけ、あたしも分かってないし」
「……へ?」
「個人的には、どうでもいい、って思ってる」
「え、え?」
ひなこは思わずベッドから半身を起こした。 和美は、自分が発した言葉がひなこに与えたショックに頓着せず、ベッドで目を閉じていた。
「ど、どうでもいいって……そ、そんなのでいいんです?」
「色々規定はあるよね。 やれ便圧だとか、便量だとか、匂いから色までアレコレ制限されてるけど……突き詰めれば『便圧』も『便量』もあんまり意味ないんだよ。 だってあの子たちが『ぶりぶりマスター』になったとして、ウンチの色が関係あると思う?」
「ええっと……それは、そのぅ……」
逆に質問で返されて言い淀むひなこ。
「関係ないよ。 どうせ機械の部品になって、延々ウンチするだけの毎日なの。 だから『ぶりぶりマスター』だろうが『ぶりぶりマンコ』だろうが、あたしにとってはどっちも一緒。 『ぶりぶりマスター』が何なのかなんて、ひなこちゃんなりに考えればいいことよ。 でも――」
誰に言うともなく、眠たそうにポツポツ喋る。 ひなこに語るというより、和美の口調は独り言のそれだった。
「――仮に毎日ウンチするなら、どうせなら一生懸命させてあげたいなって思うの。 強制されてウンチするのは同じでも、泣きながらウンチするよりは、自分のウンチにプライドをもって、全力で気張った方が幸せなんじゃないかって、最近なんとなく思うんだ。 だから、あたしにとって『ぶりぶりマスター』がなにかって聞かれたら……『ぶりぶりマスター』っていうのは……自分が『ぶりぶりマスター』なんだって納得できれば、目の前の辛いことにも頑張れる証っていうか……彼女たちにとっての『拠り所』っていうか、『救い』っていうかね。 そんな感じだと思ってる。 上手く表現できないけどさ……こんな感じで勘弁してよ」
「『救い』……ですか……」
ひなこにとって、思ってもみない答えだった。 てっきり杓子定規な答えを予想していたところが、真逆の、哲学的ともいえる返事に面喰って二の句が継げない。
「まあ、あたしの思い上がりかもしれないけど、検査官っていう仕事も、彼女たちを幸せに近づけてると思うから、今までやってこれてる部分があるんだよね。 みんながみんな幸せになりたい、幸せじゃなきゃ生きてけないっていうのはさ、旧世紀も今も全く同じなわけで……ふぁぁ……」
隣のベッドから大きなあくび。 モソモソ、布団をかぶる気配。
「ねむ……あたしもう寝るわ。 明日も早いし、あと少し、気を抜かないで頑張ろうね……おやすみ」
「あ……おやすみなさい、です……」
ひなこが隣を見つめるなか、和美のベッドは、あっという間に規則正しい寝息。 ひなこはしばらくぼんやりして、和美がいったことを反芻するも、疲れた頭ではピンと来ない。 いつか改めて、落ちついてから考えてみよう……そんなことを考えながら、ひなこの意識も深い眠りにおちていった。