陥落-2
尚代は必死だった。ここで男の口から酒を注がれようものなら、たぶん男に逆らう自信が無くなると思ったのだろう。男が唇を離した瞬間、見栄も外聞もなく、男の顔に唾を吐きかけた。
「なろぉぉ、このおんなぁ」
口に含んだものを飲み込んだ男は、一転して、凶悪な手が髪の毛を鷲づかみにした。
「ひぃっ、……や、やめてぇ」
平手を尚代に手にかざし、頬に向かって打ち下ろした。
痛烈な平手打ちをくらい、ヒッとのけぞる。
右へ左へネチネチと打った。
「痛っ、や、やめ……うぅ、ぐぐぅ」
そして気味悪くべとつく指が鼻をつまんだ。ぐりぐりともみたてて手荒くねじる。
尚代の叫びがとぎれた。
うめき声が、息苦しく喉奥にからみつくばかりだった。
鼻を摘まんだ男の指は、タバコ臭かった。尚代は赤い顔に変わり、苦しくなって、ついに唇が開いてしまった。すかさず、男の唾液の混ざったコニャックを流し入れる。熱い液体が喉を突き刺す。強い酒の匂いに混じってタバコの匂いがする。
男はドンドン流し入れてくる。
咽せながらも喉を鳴らして飲む。
男はこれを三回繰りかえした。
アルコールは結構いける方の尚代だが、強い酒を続けて飲まされて、カーッと顔が熱くなってきた。
「へん、どうだ……上等な酒だからうまいだろう。俺様の唾入りのカクテルだぜ」
男は再び鼻を摘まみ、唇を重ねた。今度は一気に舌を差し入れ、尚代の舌を探し、舌を絡めた。髪の毛が掴まれていて、顔が動かせない。
「ううっ……」
逃げる舌を男が追いかける。男の唾液がドンドン流し込まれてくる。尚代は呑み込むしかなかった。最初、逃げていた尚代の舌だったが、ついに疲れて、男のなすがままになっていった。
次に男は尚代の歯茎を舌先で順に舐めていく。
予想もしない攻撃に、尚代は恥ずかしさを伴って戸惑った。そんなところは舐められたことがなかったからだ。
「いああぁ……あええぇ……」
男が唇を離すと、もう尚代の唇は閉じていなかった。男は尚代の顔を両手で押さえ込んで、半開きの唇をチョンチョンとついばんだ。
尚代の半開きの口から、酒臭い息が漏れている。二度の昇天の後、強い酒が必要以上に注がれ、尚代は朦朧とし始めた。と同時にそれとは別に、身体の芯から燃えるものを感じ始めていた。
男は、指先と唇を使って、今度は尚代の耳を責め始めた。尚代の耳は感じやすく、息を吹きかけられた程度でもピリピリと背筋が震えるほど気持ちが高まるのだ。
男はその性感帯の耳たぶを甘噛みしてから、耳の淵を触れるか触れないくらいの距離で舌の先で舐める。
巧みだった。
今まで、これほど優しく、そして長いあいだ耳を弄られたことは無かった。男は同時に反対の耳のツボを指先で刺激する。
もうそれだけで、尚代は息を荒げ始めていた。鼻孔が膨らんで眉根を寄せている。
「ああっ……いいいぃぃ」
喉の奥から自然に低い喘ぎが洩れ出てくる。もう、自分では抑えきれなくなっていた。
「あらぁ、もう落ちたのかよ。ひどくあっけないなぁ。……もっとも、男日照りが続いていたからかもな……ふふふ、今晩は存分に味わってやるよ、奥さん」
尚代は、男の声に応えなかった。官能の世界に踏み込み、耳に入らなかったのだろう。 耳を責める男を拒む様子は見られない。
男は、耳たぶから首筋、首筋から鎖骨の上、そこから腋へと舌を這わせていく。
「あはぁぁっ……」
男の刺激に、満足の声で応えるまでになってしまった。
腋から、乳房の裾野へ移り、そこから頂点を目指す。薄赤色の乳輪ギリギリまで進み、今度は反対の乳房へ移っていく。反対側も乳輪近くまで登るが、そこまでだった。
「ああっ……もう少し上へ……」
思わず、恥ずかしい言葉を口に出してしまい、顔を真っ赤にしている。
「大変な好き者だね。……まだ、オッパイだぞ。それも乳首にも触れていないのに。これじゃ、下へ移ったらどんなになるんだ?……へっへっへ」
薄赤色の乳輪に褐色のブツブツが浮き出ている。乳首が勃起して天井を指している。
「俺もいよいよ我慢できなくなってきたぞ。このままじゃ、挿れる前に洩れちまう」
男はベッドから起きて、バッグの中をかき回し、チューブを取り出した。
「二度も激しく逝った奥さんだから、要らないかもしらないが、姫啼きの媚薬を使わせてもらうぜ。……指で、奥さんの女を探検してみるか。俺の指の刺激に耐えられるかな、この奥さんは……」
再び男はベッドに上がり、尚代の漆黒の翳りの奥を目指して、媚薬を指の腹に乗せた右手を滑り込ませた。
「いやだぁ、……なにぃ……するのぉ」
手のひらにシャリシャリとした繁茂が触れる。右手の指先が湿った体温を感じる。
男が何を考えているのかわからず、尚代は脅えた顔をしている。さきほどの平手打ちを思い出していた。
「おほぉ、あったかい」
手の腹が土手に埋まる。手の甲で腿肉を押しのけ、空間を作る。指先を左右に動かすと硬い根に触れた。
その根の先に勃起してるであろう女の象徴には触れないように、グッと手を先に進める。
「ああっ……何っ……なんで」
思わず呟いた。
尚代の期待に応えず、触って欲しい尖りをサッと通過していったのだ。