夢の干渉-3
文化ホールの前には長い列が続いていた。
その列のところどころに蛍光イェローのウィンドブレイカーを羽織った若者たちが立っている。
スタッフが列を整理しているのかと思ったら、背中に「サミーファンクラブ」と大きく印刷されている。
列の最後尾に行くと、そこにもファンクラブの若者がいて、俺達が並ぶのを遮った。
「ああ、もう並んでも無駄です。追加チケットもここまでで無くなりますから」
「どうしてそんなことが分かるんだよ!」
ユウキが声を荒げる。結構気が荒いのだな。
「おい、言葉に気をつけな。俺たちはサミーファンクラブの幹部連なんだぜ。主催側からの情報も把握して言ってるんだ」
「そ……そうかい? でも、あんたたちだって並ばなくても良いのかよ?」
「並ばなくても、俺達は特別会員だからいつでも出入り自由なんだ。それより口の利き方に気をつけろと言ったはずだぞ。
俺達に睨まれると、今後どの会場に来ても入れてもらえないぞ」
この様子を離れた所で見ていた太ったスーツ姿の男がいた。
俺はそいつを見てすぐ分かった。夢に出て来た奴隷商人だ。
そいつは俺と目が合うと明らかに狼狽していた。
俺は静かに手招きした。すると磁石に吸い寄せられるようにその中年男はこっちにやって来た。
「どうしたのかね、佐藤君」
「あっ、これは秋山PD。この人達に追加チケットはここで打ち止めだと説明していたところです」
秋山PDと言われた男は額の汗をハンカチで拭いながら俺に言った。
「追加チケットはそういう訳でもうないので、申し訳「入れないのか? 地元の人間だけど」」
俺に迫られると、秋山は顎を引いて両手を揉み合わせ始めた。落ち着かない様子だ。
そうか、こいつは夢と同じく現実でもサミーと寝ているんだ。
「あんたはサミーと……「えっ?!」」
俺はわざと言葉を切って秋山を睨んだ。俺は知ってるぞという顔をして。
「ああ、そうだ! サミーと知り合いの方でしたね。それならS席が空いているので、特別枠からチケットをお分けしましょう」
突然秋山は手を打って、そんなトンチンカンなことを言い出した。
「2人分だけど」
「はい、お二人ですね「秋山さん、良いんですか?」良いんだよ、この人達は特別なんだ」
佐藤というファンクラブの幹部は口を尖らせていたが、秋山はそれを一蹴した。
そんな話は初耳だとか佐藤はぶつぶつ呟いていたが、秋山はそれを無視して俺たちを案内してスタッフの出入り口から中に入れてくれた。
そして席まで案内すると半券にしたチケットを俺たちに渡すと満面の笑みで付け加えた。
「それではごゆっくり、もしサミーと面会したいのなら後でこれを持って楽屋までいらして下さい」
そう言うと、自分の名刺を出してなにやら裏側にペンを走らせた。
秋山は俺に名刺を渡すとそそくさと姿を消した。
名刺の裏にはこう書いてあった。
『VIP扱いで楽屋までお通しすること。秋山』
ユウキはそんなやり取りを見ても特に驚きもせず静かにしていた。
きっと夢のことは忘れていても、無意識では知っていて動じないのだろう。
サミーが最初にステージに登場したとき、最前列のS席の俺たちを見て一瞬驚いた顔になった。
それからステージは続いたが、係員からメモが渡された。
それを見ると丸っこい字でこう書いてあった。
『ぜひ、公演のあと楽屋に来てね。 サミー』
そして公演が終わり、俺達は楽屋を訪れた。
名刺を差し出すと、秋山から伝えられていたらしく、なんの抵抗もなく警備の者は通してくれた。
そしてサミーとも面会したのだが……。
結論を言えば、ユウキともサミーともなにもなかった。
ただサミーと楽屋で会った時、ユウキと同じように胸の奥に痺れるような快感が貫き、いつまでもそこにいたかったことは確かだ。
サミーはユウキとも初対面だったが、長年の親友のようにすぐにも打ち解けた。
何故かサミーはユウキが女だと始めから気がついていたのだ。
サミーからは俺に色々質問があったが、俺のつまらない私生活情報でも彼女は目を輝かせて聞き入っていた。
「また逢えますか、ハヤテ?」
楽屋を出るときサミーが俺の背中に声をかけた。
「ああ、夢で会おう」
俺は振り返らずそう言うとドアを閉めた。
「あっ……」
声を漏らしたのは廊下で立って待っていたファンクラブのメンバーだった。
そして声を出したのは佐藤だ。
「どうしてお前が?」
俺は片手をあげて佐藤を遮ると、さきほどのお返しをした。
「おっと、言葉にきをつけないとサミーから出禁をくらうことになるかもな」
「えっ……」
俺たちは驚く佐藤たちをそこに残し、会場を後にした。
ユウキとも夢でまた会うことを告げて別れた。
それに関してユウキはさらに突っ込んだ質問をしなかった。
その晩俺は寝る前に暗示をかけた。
「今日出会った女の子で可愛いとか綺麗だと俺が感じた子全員と夢であって好きなことをして楽しみたい。
そして彼女たちの裸を見るだけでなく、裸の心も見てみたい」
そうなんだ。もう俺は女の子の裸を見て夢でセックスするだけじゃ満足できなくなったのだ。
心も裸にして見てみたい。
そして現実で彼女たちと再会したとき、裸の心が覗けるならば……。
俺はにんまりして目を閉じた。