葵の父親-29
「あ。」
お互いに気まずい雰囲気が流れる。
「先生お疲れさまです。」
奈々子は顔を見ないようにそそくさと挨拶して、女子トイレへ逃げ込もうとすると、
小田医師は奈々子を呼んだ。
「皆川さん、休憩時間にちょっとだけ僕の部屋に来てくれないかな?
少し聞きたいことがあるから。」
絶対葵の事だ。行きたくないけど、嫌だとは言えない。
「はい、わかりました。休憩は2時からなので、それくらいに伺います。」
「無理言って悪いね。じゃあ後で。」
そう言って小田医師は戻って行った。
(気が重いな・・・。)
奈々子は小田医師と葵の事で頭がいっぱいで、
この会話が盗み聞きされていたとは全く気がつかなかった。
院内PHSは肌身離さず持つように、奈々子に渡そうとトイレへ追ってきた婦長が、
柱の傍で二人の会話を聞いて、何やら推測しているなんて夢にも思わなかった。
トイレから戻ると婦長は、そっけなく奈々子に言った。
「PHSはトイレにも持っていってね!何かあるといけないから。
私はこれから休憩だから。」
「あ、はいっ!すいません。お疲れさまです。」
忘れないように奈々子はPHSを首にかけて、仕事に戻る。