水晶玉の告白-1
城野圭子より、谷 舞子さんへ…
しばらく会えなくなりそうです。もしかしたら、これが舞子さんへのわたしの最後の言葉に
なるかもしれません。わたしは今、ある男性が住んでいる岬の別荘にいます。彼は水晶玉で人
を占う占術師なのです。わたしの恋人だなんて思わないでください。恋人以上のとても深い
おつき合いをしている男性です。彼といると、わたしはまるでわたしが知らない自分という
ものを感じることができ、とても静かな香りに充ちた光となって輝いている気がします。
わたしは彼が手をかざした水晶玉の光を、まるで夏の太陽の光のように浴びています。けっし
て逃れることができない水晶玉の光は、わたしを縛り、彼の接吻となり、絶えまなく続く愛撫
となっていきます。わたしの中に、どこからか心地よい風や波の音が絶えまなく聞こえてきま
すが、それは彼のからだのあらゆる部分から聞こえてくるものなのです。音は彼の欲望の飛沫
を含んだ息づかいであり、わたしのあらゆる部分に滲み入ってきます。
わたしは自分のからだが自然に開いていき、からだの奥に、眩しい夏の太陽に照らされた青い
海が彼の像となって煌めき、ゆっくりとひろがっていくのを感じています。深く息を吸うと
彼の匂いがすぐそこにあり、わたしは彼という存在によって、ここで初めてほんとうの自分と
いうものを感じることができたような気がします。
それは、彼が手をかざした水晶玉の中に永遠に囚われ、この上ない甘美な光に包まれ、彼のも
のになれるという美しい悦びなのかもしれません…。
朝から夥しい夏の陽光がホテルの窓の外にふりそそいでいた。目の前に拡がる真夏の海の煌め
きは、気だるさと同時に残酷な青さを湛えている。部屋のテラスにある椅子に腰をおろし、友
人の「谷 舞子」さんへの手紙を書いていた私は、途中でペンを置くとゆっくりと煙草に火を
つけた。深く吸って吐いた紫煙が夏の潮風に舞う。
わたしは、ボディセラピストの仕事をしていた「アロマ・セリーヌ」という男性専用のエステ
サロンを退社し、住んでいたマンションも引き払った。わたしは彼のものになる…。そのため
に、今、ニューヨークから一年ぶりに帰国した彼からの連絡をじっと待っている。
ゆっくりと目を閉じると絶えまない微かな波の音が耳の奥で繰り返される。海の青さを含んだ
風が耳元を甘く舐めるようにとおりすぎていく。それはまるで彼の接吻のように私を虜にする。
そのとき、不意に私の携帯がメールの着信を示すランプを点滅させた…。