JK(前編)-2
名前は確か……奄美梨花(あまみりか)だったような気がするが。
僕はチーズケーキを口にはこびながら、澄ました顔で他人を装うことにした。
せっかくの日曜日なのだし、学校の外にいる時くらいは教師の顔をしまっておきたい。
ちょうどいいところに雑誌が置いてあったので、念のためにそいつでカムフラージュを試みる。
だがそれは徒労に終わった。
レジで支払いを済ませた彼女が僕の存在に気づいたのだ。
「おはよう」
僕が仕方なく声をかけると、彼女は気まずそうな顔でそっぽを向き、離れた席にちょこんと座った。
そして何をするでもなく、ケーキと飲み物の載ったテーブルをじっと見つめている。
なるほど、よっぽど嫌われているのだなと僕は思った。
そもそも高校教師という肩書きにメリットを感じたことなどない。
ましてや教え子たちは多感で生意気な女子高生だ。
いや、みんながみんな生意気なのではなく、真面目に授業を聞いてくれる生徒のほうが圧倒的に多い。
果たして彼女は後者のグループに属するのか否か、なんとなく確かめたくなった。
幸い、店内にいる客は僕らだけだった。
飲みかけのコーヒーを片手に僕は席を移動した。
「一年A組の奄美梨花さん、だよね?」
彼女の対面に座るなり僕は訊いた。
この距離で話すのは初めてだ。
もっとも、学校で顔を合わせたところで会話を交わすこともないのだが。
「おはようございます。名前、おぼえててくれたんだ」
「あたりまえだろ。こう見えても一応教師なんだがな」
「けど、あたしのクラスの担任じゃないし」
「先生の記憶力を舐めてもらっちゃ困る。自慢じゃないけど、元素記号ならすべて頭に入っている」
「じゃあ、ここで言ってみてよ」
瞬きを繰り返しながら彼女が挑んでくる。
ここで目を逸らすわけにはいかない。
「別にかまわないけど、退屈なだけだぞ?」
「水素からニホニウムまで、あたしが付き合ってあげる」
「いや、今日は遠慮しておくよ。また今度な」
お茶を濁して僕が席を立とうとすると、待ってと言わんばかりに腕が伸びてきた。
彼女はうつむき、僕のコートの裾をぎゅっと掴む。
「行かないで……」
かすれた声が聞こえたような気がした。
空耳だろうか。
しかしその数秒後には彼女は明るい笑顔を見せ、なんでもないと言う。
「そうか。ならいいんだ」
「うん」
「じゃあまた、学校でな」
「うん」
主人に従順な子犬のように彼女はおとなしくなった。